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偽りの錬金術師、貴族経済を解体します  作者: みかん


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3/13

第三話 星砂鉄の代替

銀色見習いとなったカインには、小さいながらも専用の研究室が与えられた。


ギルド本部の三階、北側の一室だ。窓は小さく、日当たりも良くはないが、それでも地下の廃棄物集積所とは比較にならない環境だった。石造りの壁は年季が入っていて、隅には蜘蛛の巣が残っている。しかし作業台は頑丈で、棚には錬金術の基本道具が一通り揃っていた。


ここなら、誰にも邪魔されずに作業ができる。


カインは室内を一通り確認してから、窓の外を見た。首都の屋根が続いている。遠くに王城の尖塔が見えた。空は高く澄んでいるが、どこか灰色がかった冬の色をしている。


「広いですね」


リアが室内を見渡しながら言った。彼女も今では、カインの研究室に出入りすることが許されている。銀色見習いには「補助研究員」を一名指名する権利があり、カインはリアをその枠に据えた。


「床が固い以外は問題ない」


「贅沢なことを言わないでください。私がいた部屋なんて、四人で一部屋でしたよ」


「それは確かに窮屈だ」


リアは少し笑った。それからすぐに、表情を引き締めた。


「これで侯爵家からの借金問題も、少しは動けますか」


「動ける。銀色見習いの補助研究員としての給金は、私が決められる。その一部を、侯爵家への返済に充てれば良い」


リアの目が潤んだ。


「……ありがとうございます」


「礼はまだ早い。これからが本番だ」


カインは保管棚から、あの灰色の石を取り出した。


廃棄素材の中から見つけた、「星砂鉄」と同等の成分を持つ原石だ。掌に載せると、ずっしりとした重みがある。表面はくすんだ灰色で、一見すると何の変哲もない石ころだ。しかしカインの目には、その内部に眠る可能性がはっきりと見えていた。


「これを、本格的に解析する」


リアが息を呑んだ。


「いよいよ、エシュラー侯爵領の独占素材に手を出すんですね」


「ああ。ただし、慎重にやる。いきなり完成品を発表するんじゃなく、段階を踏む」


「段階というのは」


カインは石を棚に戻し、作業台の前の椅子に腰を下ろした。リアも向かいに座った。窓から入る薄い光が、作業台の上に長い影を作っている。


「まず状況を整理する。エシュラー侯爵家の経済基盤を理解しなければ、どこから崩すべきかがわからない」


カインは静かに、しかし確信を持って話し始めた。



翌日、カインはギルドの記録保管庫に足を運んだ。


銀色見習いには、過去の取引記録を閲覧する権限がある。保管庫は本部の地下一階にあり、棚が天井まで続く薄暗い部屋だ。羊皮紙の匂いと、ほこりの匂いが混じり合っている。


管理者の老人が、面倒くさそうな顔でカインを見た。


「閲覧申請書はあるか」


「あります」


カインは事前に準備した書類を差し出した。老人はそれをざっと確認して、渋々奥の棚へと向かった。


「星砂鉄の取引記録を全部持ってきた。五年分だ。見たら必ず戻しておけ」


重い書類の束が、どさりと机の上に置かれた。


カインはそれを一冊ずつ開き、数字を追った。


星砂鉄の年間取引量は、およそ二百塊。一塊あたり平均金貨十七枚として計算すると、年間で金貨三千四百枚相当の取引が行われている。このうちエシュラー侯爵家の取り分は卸値の七割で、年間におよそ金貨二千三百八十枚になる。


さらに五年分のデータを比較すると、興味深いことがわかった。


取引量は毎年増えている。しかし卸値も毎年上がっている。三年前と比べると、一塊あたりの価格が金貨三枚以上高くなっていた。


産出量が変わっていないのに、価格だけが上がっている。


(人為的な価格操作だ)


カインは静かに記録を閉じた。


エシュラー侯爵家は、採掘量を意図的に制限することで希少性を演出し、価格を吊り上げている。需要は増えているのに供給を絞ることで、価格を自在にコントロールしているのだ。


これは市場の健全な機能を歪める行為だ。


しかし法的には問題ない。産地の独占権を持つ者が、供給量を決める権利を持っているからだ。


(だから「代替品を作る」という方法が有効なんだ)


代替品が市場に出回れば、侯爵家がどれだけ供給を絞っても、価格は上がらなくなる。需要が代替品に流れるからだ。


カインは書類を棚に戻し、保管庫を出た。


廊下に出ると、ちょうどリアが待っていた。


「どうでしたか」


「予想通りだった。人為的な価格操作が行われている。ただし、証明は難しい。証拠が記録の中には残っていない」


「では、法的に対抗するのは無理ということですか」


「法的な戦いは最後の手段だ。それより先に、市場を動かす」


カインは歩き始めた。リアが隣に並ぶ。


「ゴッホさんに会いに行く」



ゴッホの店は、首都の市場の外れにある。


今日も店先に商品が少なく、閑散としていた。しかしゴッホ本人は奥の机で活発に計算をしていた。カインを見ると、皺だらけの顔に笑みが広がった。


「来たか、坊主。ちょうど良かった。新しい報告がある」


「聞かせてください」


「音響増幅結晶体の注文が増えている。楽器職人だけじゃなく、宿屋や劇場からも問い合わせが来た。広い空間で声を届けたいという需要がある」


カインは頷いた。


「それから、触媒の方は薬品店だけでなく、染料の工房からも注文が入った。染料を定着させる工程に使えることが分かったらしい」


「用途が広がっているか」


「そうだ。坊主が作るものは、使い手が新しい使い道を見つける。それが強みだな」


カインは静かに考えた。


(これは設計通りだ)


本当に価値があるものは、使い手が自分で新しい可能性を見つける。そこが、「価値があるように見せただけ」のものとの根本的な違いだ。


「一つ相談がある」


カインはゴッホに向き直った。


「冒険者ギルドのルートを教えてほしい。次の商品は、冒険者向けの武具強化素材になる」


ゴッホは眉を上げた。


「武具強化素材といえば、星砂鉄が王道だが……」


「星砂鉄は使わない。別の素材で、同等以上の効果を出す」


ゴッホは長い沈黙の後、低く笑った。


「いよいよ本丸に手をかけるか」


「直接ではない。まず市場の認識を変える。星砂鉄を使わなくても高品質なものが作れる、という事実を積み上げてから、代替品の話に移る」


「焦らず、段取りを踏む。まるで本物の商人みたいなことを言う」


「前世で似たようなことはやっていた。方向が違ったが」


ゴッホは少し笑い、それから頷いた。


「わかった。冒険者ギルドのルートは任せろ。顔見知りの組合長が数人いる」



研究室に戻ったカインは、設計に取り掛かった。


次の素材は「ひび割れた水晶片」だ。


廃棄物の集積所に大量に眠っているもので、魔力の充填中にひびが入って使えなくなった水晶の破片だ。通常は砕いて処分されるだけの廃材だ。


しかしカインの目には、この破片の中に独自の可能性が見えていた。


星砂鉄が「魔力伝導の強化」によって武具の性能を上げるのに対し、このひび割れた水晶片は「物質構造の安定化」という全く別の原理で耐久性を高める効果を持っている。


ひびが入った結晶は、その亀裂の形状によって、特定の方向からの衝撃を分散させる性質を持つようになる。これは物理的な現象だ。魔力とは関係ない。


前世で量子力学を研究していた甲一には、その原理がはっきりと見えた。結晶内部の格子構造がひびによって再配列されることで、衝撃吸収のパターンが変化する。それを利用すれば、武具に「割れにくさ」を与えることができる。


問題は、どう加工するかだ。


ひびの入り方は一つ一つ違う。そのまま使えるものと、加工が必要なものがある。


カインはひびの形状を一つ一つ分析し、それぞれに最適な術式を設計する作業を始めた。


「これ、全部違う術式を組むんですか?」


隣でリアが、山積みになった水晶片を眺めながら聞いた。


「最初はそうする。ある程度パターンが見えてきたら、共通の術式に落とし込む」


「気が遠くなりそう……」


「三日もやれば見えてくる。ひびのパターンは思ったより少ない」


リアは眉をひそめたまま、しかし文句を言わずに作業台に向かった。


術式の安定化はリアの担当だ。カインが設計した術式の「理論上の構造」を、実際に機能する形に整えていく作業で、これには錬金術師としての経験と感覚が必要だ。


カインの理論と、リアの技術。二人の組み合わせは、日を追うごとに精度が上がっていた。


夜になった。研究室の窓の外は暗く、首都の灯りがぽつぽつと見える。


二人は作業を続けた。


失敗が続いた。


術式の強度が足りずに水晶片が粉々に砕けたり、逆に強度を上げすぎて素材の本来の特性が失われたり。一つ問題を解決すれば別の問題が出てくる。


それでも、手を止めなかった。


「カインさん」


夜中を過ぎた頃、リアが手を止めずに言った。


「なんだ」


「なぜそんなに急ぐんですか。焦らず段取りを踏む、と言っていたのに、毎日深夜まで作業している」


カインは少し考えた。


急いでいるというよりは、面白いのだ。


廃棄物の中に眠る可能性を見つけ、それを実際に機能するものに変えていく作業が。前世の研究と同じ感覚だ。問いを立て、仮説を作り、検証し、答えを見つける。


ただ、前世と違うのは、ここでは答えが「誰かの生活を変える」という形で出てくる点だ。


「急いでいるわけじゃない。やりたいことがあるから、やっている」


リアは手を止め、カインを見た。


「楽しそうですね」


「そうかもしれない」


「侯爵家への怒りとか、復讐とかじゃなくて?」


カインは少し考えた。


怒りはある。理不尽な独占で苦しんでいる人々への、静かな怒りが。しかしそれは燃料ではあっても、目的ではない。


「正しいものを作りたいだけだ。俺は前世で、一度も本当に価値あるものを作ったことがなかった。今度こそ、それをやりたい」


リアはしばらく黙っていた。


「……応援します」


それだけ言って、また作業に戻った。



三日目の深夜、ついに安定した術式のパターンが完成した。


ひびの入り方に関係なく、水晶片の特性を最大限に活かす汎用術式だ。これがあれば、廃棄された水晶片のほとんどを強化素材に変えられる。


完成した強化素材を武具に施工するテストは、翌朝行った。


ゴッホが手配してくれた、首都の廃品回収業者から入手した古い剣だ。刃こぼれだらけの使い古しで、本来なら溶かして再利用するしかないものだ。


カインはその剣に、完成した強化素材を埋め込んだ。


術式が発動し、剣の表面を薄い光の膜が覆った。光はすぐに消えたが、剣の見た目は変わっていない。


「これで変化があるんですか?」


リアが首を傾げた。


「確認する」


カインは剣を作業台の端に固定し、金属製のハンマーで刃の部分を力いっぱい叩いた。


通常なら、刃こぼれだらけの古い剣は、強い衝撃で欠けるか折れるかするはずだ。


しかし剣は欠けなかった。


衝撃を受けた刃の部分が、ほんのわずか光った。それだけだ。刃こぼれも増えていないし、変形もしていない。


「……欠けなかった」


リアが目を丸くした。


「素材の特性が機能している。衝撃の分散が起きた」


カインはハンマーを置き、剣を手に取って観察した。


刃の状態は、施工前と変わらない。しかし施工前なら欠けていたはずの衝撃を、完全に受け止めた。


これは実用になる。


問題は強度の持続時間だ。一度の施工で、どれくらいの期間効果が続くかを検証しなければならない。


翌日から、カインは持続時間の検証を繰り返した。結果、施工から三ヶ月前後は効果が持続することが確認できた。星砂鉄の強化素材の持続時間は平均二ヶ月だ。


(持続時間では、上回った)


コストはほぼゼロ。持続時間は星砂鉄の強化素材以上。性能は同等かそれ以上。


「ゴッホさんに連絡する。試供品の準備をしよう」



ゴッホが用意した試供品の配布先は、首都の三つの冒険者ギルドだった。


各ギルドの組合長に話を通し、希望する冒険者に無償で施工サービスを提供する形にした。


「タダで武具を強化してもらえるって言ったら、十五人が希望してきた」


ゴッホが報告した。


「全員に施工する。ただし、一ヶ月後に感想を聞かせてもらう条件で」


「もちろんそう伝えた。組合長たちも興味津々だ」


施工は二日かかった。十五人分の武具を順番に処理していく。冒険者たちはカインの作業を興味深そうに眺め、時折質問をしてきた。


「何の素材を使ってるんだ?」


「水晶の加工品です」


「水晶? あんな柔らかいもので強化できるのか?」


「加工の仕方次第で、全く別の性質になります」


冒険者たちは半信半疑の顔をしていた。


しかし二週間後、最初の報告が届き始めた。


「剣が欠けない。何度ダンジョンに潜っても、刃こぼれが増えない」


「盾が軽くなった気がする。同じ重さのはずなのに、衝撃の感じ方が違う」


「星砂鉄の強化より効いてる気がする。本当に水晶片で作ったのか?」


一ヶ月後の正式な感想収集では、十五人中十三人が「星砂鉄の強化素材と同等以上の効果があった」と回答した。


「坊主、これは大きい」


ゴッホの目が輝いた。


「本格的な販売を始めよう。価格は星砂鉄の強化素材の半分以下にする。それでも材料費はほぼゼロだから、利益は十分出る」


「まだ待つ」


カインは首を振った。


「なぜだ? 今すぐ展開しても良い実績がある」


「エシュラー侯爵が動くタイミングを見極める必要がある」


カインは静かに言った。


「今すぐ販売を始めれば、侯爵家はすぐに動く。私の立場はまだ、侯爵家の全力の圧力に耐えられるほど固まっていない」


「ではいつ動く?」


「侯爵家が別の手を打ってきた時だ」



カインの読みは、二週間後に当たった。


ある朝、研究室にリアが血相を変えて飛び込んできた。


「カインさん、大変です。侯爵家の代理人がギルドに来て、あなたについての「調査」を始めているそうです」


「調査?」


「過去の経歴、素性、親族関係、前科の有無……そういったことを、ギルド職員に聞き回っているそうです」


カインは動じなかった。


(来たか)


これは予想していた展開だ。技術で対抗できないと悟った侯爵家が、個人的な弱点を探し始めた。


「何を聞き回っているか、詳しく教えてくれ」


「カイン・ロウという人物の出自、転生者かどうか、ギルド外での活動内容、金銭の流れ……そんなことを」


転生者かどうか、という点が引っかかった。


この世界では、転生者は珍しくはないが、特別な扱いを受けることもある。転生者であることが公になれば、良くも悪くも注目を集める。


「そのことは、私が先に公表する」


「え?」


「侯爵家が「転生者だ」と暴露する前に、自分から言えば武器にならない。先手を打つ」


リアは目を丸くした。


「でも、転生者だと知られたら……」


「かえって好都合だ。転生者ということは、この世界の常識にとらわれない知識を持っているということだ。なぜ廃棄素材から高品質なものが作れるのか、という説明に使える」


カインは立ち上がり、コートを手に取った。


「ギルドに行く。ギルド長に面会を申し込む」



ギルド長室は、本部の最上階にある。


エドゥアール・ランベールというギルド長は、六十代の白髪の男だった。体格は良く、かつての現役時代の名残りで、全体的に頑丈そうな印象がある。カインを見る目は鋭かったが、敵意よりは観察の色が濃かった。


「カイン・ロウ。珍しい。銀色見習いがギルド長に直接面会を申し込むとはな」


「急ぎの案件です。エシュラー侯爵家の代理人が、私の個人的な調査を行っていると聞きました」


ランベールの顔が、わずかに動いた。


「知っていたか」


「そのことについて、先にギルド長に報告しておきたいことがある」


「聞こう」


カインは静かに、しかしはっきりと話した。


「私は転生者です。前世では別の知識体系を持っていた。その知識が、廃棄素材からの錬成品製作に活かされています」


ランベールは黙って聞いていた。


「転生者であることは隠すつもりはありません。ただ、侯爵家の代理人がそれを利用して、私の活動を「異端」として告発する可能性があります。事前にギルド長に伝えておきたかった」


ランベールは長い沈黙の後、口を開いた。


「……お前は、侯爵家と対立する気か」


「対立が目的ではありません。市場に正しい価値を供給することが目的です。その結果として、侯爵家の利益が圧迫されることはあるかもしれませんが」


「同じことだろう」


「結果が同じでも、動機が違えば戦い方が変わります」


ランベールはカインをじっと見た。


この老獪な男が何を考えているのか、カインには正確には読めなかった。しかし少なくとも、単純に侯爵家の側に立つつもりはないことはわかった。


「お前の錬成品が市場で評価されていることは、ギルドとして認識している。水の浄化装置を下層区画に普及させる活動も、報告が来ている」


「ギルドの目的は、技術の発展と普及のはずです。廃棄素材から新しい価値を生み出す私の活動は、その目的と合致していると考えています」


「正論だ。だが政治はそう単純ではない」


「承知しています。だからこそ、ギルド長に早めに話しておきたかった」


ランベールは深く息を吸い、吐いた。


「わかった。侯爵家の調査については、ギルドとして干渉はしない。ただし、お前の活動もギルドの規則の範囲内で行うこと。それが条件だ」


「もちろんです」


「一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「お前は最終的に、何をしようとしている」


カインは少し考えた。


「この国の市場を、正直にしたいと思っています。価値があるものが正当に評価され、価値がないものが高値で売られない市場を作りたい。そのために、私は廃棄物から本当の価値を掘り出し続けます」


ランベールはしばらく沈黙した。


それから、静かに言った。


「……大それた目標だな」


「前世でも、似たような仕事をしていました」


「どんな仕事だ」


「詐欺師です。ただし最終的には、詐欺を見抜く側に回っていました」


ランベールは一瞬固まり、それから低く笑った。


「正直な男だ。呆れるほど」


「嘘をつく必要がないので」


「侯爵家に狙われている転生者の詐欺師上がりが、市場を正直にしようとしている、か」


ランベールは立ち上がり、カインに手を差し出した。


「面白い。私もこの仕事を三十年やって、初めて聞く話だ」


カインはその手を握った。



研究室に戻ると、リアが心配そうな顔で待っていた。


「どうでしたか」


「ギルド長は中立の立場を取る。侯爵家の調査への干渉はしないが、私の活動も止めない」


「良かった……」


「ただし、これで侯爵家も本格的に動くと思う。調査で「転生者である」という情報を掴んだ上で、何らかの形で仕掛けてくるはずだ」


「何をしてくるんでしょう」


カインは静かに考えた。


エシュラー侯爵家が取れる手段はいくつかある。転生者であることを利用した告発、リアへの圧力強化、ゴッホへの嫌がらせ……。


しかし最も可能性が高い手段は、別のところにあった。


「市場への直接介入だ」


「どういうことですか」


「私の錬成品の取引先に圧力をかけて、買い取りを止めさせる。商品が流通できなくなれば、活動の継続が難しくなる」


リアは顔を曇らせた。


「じゃあ、ゴッホさんが危ない……」


「そうだ」


カインは立ち上がった。


「今日中にゴッホさんに会いに行く。侯爵家の動きに備えて、流通経路を複数に分散させる必要がある。一箇所を止められても、他の経路で動けるように」


「準備が良いですね」


「詐欺師は、相手の先を読んで罠を仕掛ける。防御の手順は同じだ。相手が何をしてくるか読んで、先に対処しておく」


カインはコートを手に取り、リアを振り返った。


「一つ頼みがある」


「何でしょう」


「ギルド内の情報収集をしてほしい。侯爵家の代理人がどこに接触しているか、誰に何を聞いているか。できる範囲で構わない」


リアは頷いた。


「やります」



その夜、エシュラー侯爵家の書斎では、調査結果がマルコに報告されていた。


「カイン・ロウは転生者です。前世の知識を活かして錬成品を製作していることが確認されました」


「転生者か」


マルコは不快そうに顔を歪めた。


「転生者の知識は、この世界の規則の範囲外だ。何を持ち込んでくるかわからない」


「また、ギルド長への直接面会を行い、自身が転生者であることを先に申告していました」


「……先手を打ったか」


マルコは指を組んだ。


転生者であることを暴露しようとしていたのに、当の本人が先に公表してしまった。これでその手は使えなくなった。


「流通ルートは?」


「首都外れの元商人、ゴッホという老人が仲介しています。かつては詐欺被害で破産した人物で、現在はカイン・ロウの商品の流通を担っています」


「そちらを締め上げるか」


「ゴッホの現在の取引先は複数確認されていますが、全てに圧力をかけるのは難しい状況です。また、カイン・ロウ本人が本日、流通経路の分散を図る動きをしたとの情報があります」


「手が早い」


マルコは舌打ちした。


「……直接的な圧力では潰せない相手だな」


「いかがいたしますか」


マルコは窓の外を見た。夜の首都が静かに輝いている。


「別の角度から考える。あの男が持つ「価値創造の眼」とやらは、見たものの価値を読む能力だそうだが」


「はい」


「では、その能力そのものを利用できないか」


家令は首を傾げた。


「どういうことでしょう」


「あの男を、こちらに引き込む。強制でなく、利益誘導で」


マルコは冷たく笑った。


「才能ある者を敵に回すより、使い倒す方が賢い。どんな条件なら引き込めるか、調べてみろ」


家令は一礼して退出した。


マルコは暗い笑みを浮かべたまま、考え続けた。


カイン・ロウという男が、まだ自分の手の届く範囲にいるうちに、何らかの形で決着をつけなければならない。


それがわかっているのは、マルコだけではなかった。


カインも、また、静かに動き続けていた。



―――― 第三話 了 ――――


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