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偽りの錬金術師、貴族経済を解体します  作者: みかん


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2/13

第二話 侯爵家の使者

エシュラー侯爵家からの動きは、思ったより早かった。


カインが最初の取引をゴッホと交わしてから二週間後、アルケミアのギルド本部に一通の書状が届いた。差出人はエシュラー侯爵家の家令で、宛先はギルド長だった。


書状の内容は、ゴッホから情報を得ていたカインも、おおよそ予想していたものだった。


「市場に出回る出所不明の高品質錬成品について、エシュラー侯爵領の素材独占権を侵害する可能性があるため、調査と販売停止を求める」


カインはその日の午後、廃棄物の集積所で作業をしていた。


地下の薄暗い空間に、ギルド職員の足音が響いた。


普段この場所に来るのは、廃棄物を運んでくる雑用係か、監督役のクロムくらいだ。しかし今降りてきたのは、見たことのない男だった。


仕立ての良い灰色のローブを着た、四十代ほどの痩せた男。胸元にギルド本部の紋章がついている。本部の役人だ。


「カイン・ロウはいるか」


「私です」


カインは作業の手を止め、立ち上がった。


役人はカインを上から下まで眺めた。値踏みするような視線だったが、カインにはその視線の中の「情報」が見えていた。


「役人・ギルド本部第三課所属。エシュラー侯爵家との取り次ぎ役を兼務。侯爵家との関係:従属的。判断基準:上位者の意向。信頼性:低い(自己保身を優先する傾向)」


(典型的な板挟み役人だな)


カインは静かに分析した。


「ギルド本部から来た。お前が最近、市場に流通している高品質な錬成品の製作者だという疑いがある」


「疑い、ですか」


「廃棄素材を使用して、独自の錬成品を製作しているという報告を受けている。事実か」


「事実です。廃棄素材使用申請は、毎回正規の手続きで提出しています」


役人は懐から書類を取り出した。


クロムが管理していた申請書の控えだ。役人はそれをめくりながら、眉をひそめた。


「……確かに、申請自体は規則に沿っている」


「問題があれば、ご指摘ください」


「問題は手続きではない」


役人は声を低くした。


「製作した錬成品が、エシュラー侯爵領の独占素材と同等の価値を持つという疑惑がある。これは由々しき問題だ」


カインは静かに首を傾げた。


「私が製作したのは、廃棄予定の素材から作った音響増幅結晶体、触媒、発酵促進剤です。エシュラー侯爵領の素材とは別物のはずですが」


「同等の機能を持つ代替品が市場に出回れば、独占の意味がなくなる。それは結果として侯爵家の利益を損なう」


カインは内心で、ようやく本題が来たと思った。


「私が今まで市場に出した品の中に、エシュラー侯爵領の独占素材と競合するものはありません。確認していただければわかります」


役人は一瞬詰まった。


実際、カインがゴッホを通して市場に出したのは、音響増幅結晶体、触媒、発酵促進剤の三種類だけだ。「星砂鉄」の代替素材については、まだ一切手をつけていない。


「……今は、ということだろう」


「今は、です」


「いずれ手を出すつもりがあるということか」


カインは少し笑った。


「廃棄素材から何が作れるかは、廃棄物次第です。今後何が手元に来るかは私にもわかりません」


役人は苛立った様子でカインを睨んだ。


「ギルド本部からの通達だ。今後、廃棄素材を使用した錬成品の製作については、事前にギルド本部の承認を得ること」


「規則の改定ですか」


「侯爵家からの要請による、暫定措置だ」


カインは静かに頷いた。


「承知しました。今後は事前承認を得て活動します」


役人は少し拍子抜けした顔をした。あっさり受け入れたカインに、何か裏があるのではと疑う表情だった。


しかしそれ以上の追及はせず、役人は踵を返して去っていった。



役人が去った後、カインは作業台に戻り、静かに笑った。


(予想通りだ)


これは想定の範囲内だった。


エシュラー侯爵家がカインの存在を察知し、何らかの形で圧力をかけてくることは、最初から計算に入っていた。問題は、その圧力をどう利用するかだ。


「事前承認制」という暫定措置は、一見するとカインの活動を制限するものに見える。しかし実際には、これはカインにとって有利な材料になる。


なぜなら、「承認」という行為には、必ず「記録」が残るからだ。


カインが今後、廃棄素材から代替素材を製作する際、ギルド本部はそれを承認した記録を残すことになる。つまり、エシュラー侯爵家の独占素材と同等のものが代替可能であるという事実を、ギルド自身が公式に認めることになる。


その記録は、後で使える。


「カイン」


声がした。リアだった。


廃棄物の集積所の入口から、リアが顔を出していた。手には小さな包みを持っている。


「差し入れです。パンと、それから……今の話、聞こえてしまって」


「聞こえたなら話が早い」


カインはリアに手招きした。


「侯爵家がギルド本部を通じて圧力をかけてきた。今後は廃棄素材を使う前にギルド本部の承認が必要になる」


「それって……まずいことなんじゃ」


「逆だ。これは追い風になる」


リアは首を傾げた。


カインは静かに説明した。


「承認制度ができたということは、私が今後何を申請しても、それがギルド本部の記録に残るということだ。仮に私が「星砂鉄」の代替素材の製作を申請して、それが承認されれば、ギルドは公式に「代替可能である」と認めたことになる」


「……でも、承認されなかったら?」


「承認されなければ、それはそれで使える。なぜ承認されないのか、理由を聞く権利がある。そこに「侯爵家の利益を守るため」という理由が出れば、それはギルドが特定の貴族の利益のために、技術の発展を妨げているという証拠になる」


リアは目を見開いた。


「……どちらに転んでも、カインさんに有利になるってこと?」


「そういうことだ」


カインは作業台の隅から、例の灰色の石を取り出した。


廃棄素材の中から見つけた、「星砂鉄」と同等の成分を持つ原石だ。


「これを、申請する」


「今すぐに?」


「いや、まだ早い。まず実績を積み上げる。ランク昇格試験まであと二週間。試験で結果を出して、立場を固めてから動く」


リアは少し不安そうな顔をした。


「侯爵家を相手にするのは、危険じゃないですか」


「危険は理解している。だが、この世界には剣も魔法もある中で、最も致命的な武器は「証拠」だ。誰も否定できない事実を積み上げれば、権力者でも崩せる」


カインは静かに、しかし確信を持って言った。


「俺は前世で、人を騙すために証拠を捏造する側にいた。今度はその逆をやる。本物の証拠で、嘘の上に立つ権力を崩す」


リアはしばらくカインを見つめた。


「……すごい人ですね、あなたは」


「すごいんじゃない。やり方を知っているだけだ」



ランク昇格試験まで、残り二週間。


試験の内容は毎回違うが、共通しているのは「与えられた課題に対して、独自の錬成品を製作し、その品質と独創性を評価される」というものだ。


灰色見習いから銅色見習いへの昇格試験では、通常「実用品の製作」が課題になる。日用品か、産業に使える道具か、薬品か。テーマは試験官の裁量で決まる。


カインは試験対策として、まず情報収集を始めた。


「過去の試験では、どんな課題が出ましたか」


廃棄物の集積所で、リアに尋ねた。


「私が受けた時は、「水の浄化装置」でした。一年前は「火を起こさない発熱具」、二年前は「虫除けの香」だったと聞いています」


「傾向は」


「日常生活の問題を解決するもの、ですかね。実用性が重視されます」


カインは頷いた。


(なるほど。社会課題の解決を求める試験か)


これは、カインの能力と非常に相性が良かった。


「価値創造の眼」は、物の本質的な価値を見抜く力だ。そして社会の課題を解決するものこそ、最も本質的な価値を持つ。


「リア、一つ聞きたい。この首都で、最も多くの人が困っている日常の問題は何だ」


リアは少し考えた。


「……水、でしょうか。首都の下層区画は水質が悪くて、病気が多いです。上層区画は浄水設備がありますが、下層には届いていません」


「理由は」


「浄水設備が高価だからです。アルケミアが提供する浄水器は、一台金貨五枚もします。下層の住民には手が届きません」


カインの目に、また情報が浮かんだ。


「金貨五枚の浄水器」を思い浮かべると、その構造が見えた。


複雑な術式と高価な素材を使った、過剰品質の装置だ。本来必要な機能の何倍もの性能を持たせることで、高い価格を正当化している。


(これは……簡略化できる)


カインは静かに笑った。


「水の浄化装置を作る。ただし、廃棄素材だけで」


「廃棄素材だけで、浄水器を?」


「材料費はほぼゼロにする。それでいて、既存の製品と同等以上の機能を持たせる」


リアは息を呑んだ。


「もしそれができたら……下層区画の人たちが、安全な水を手に入れられるようになります」


「それが目的だ」


カインは静かに、しかしはっきりと言った。


「俺は試験に合格するためにこれを作るんじゃない。本当に必要としている人に、本当に価値のあるものを届けるために作る。合格は、その結果としてついてくる」



作業は翌日から始まった。


カインは廃棄物の集積所にある素材を、一つ一つ丁寧に見直した。


浄水の原理は、不純物を物理的・化学的に除去することにある。既存の製品では、高価な魔石を使って強力な浄化魔力を発生させる方式が主流だ。しかしそれは「力ずく」のやり方で、コストがかかる。


カインの目には、別の方法が見えていた。


廃棄素材の中の「腐食した銅片」――以前、触媒として加工した素材と同じ系統のもの――に含まれる酸化物の構造が、水中の不純物と特殊な化学反応を起こすことがわかった。


これを使えば、魔力をほとんど使わずに、化学的な作用だけで水を浄化できる。


さらに、「割れた魔石の破片」――以前、音響増幅結晶体に加工した素材――の振動特性を応用すれば、微生物の活動を抑制する効果も得られる。


二つの廃棄素材を組み合わせれば、化学的浄化と微生物抑制の両方を兼ね備えた装置ができる。


しかも材料費は、ほぼゼロだ。


「設計図ができた」


カインはリアに、紙に描いた術式の構造を見せた。


リアはそれをじっと見つめた。


「……これ、本当に動くんですか? 既存の浄水器とは全く違う構造ですけど」


「化学反応と振動の二段構えだ。理論上は動く。問題は実装の精度だ」


「私が手伝います」


リアは即座に言った。


「術式の安定化なら、私の方が経験があります。一緒に作りましょう」


カインとリアは、その日から共同作業を始めた。


カインが素材の選定と術式の理論設計を担当し、リアが実際の術式の構築と安定化を担当する。役割分担は自然に決まった。


作業は三日かかった。


何度も失敗した。化学反応が強すぎて水が変色したり、振動が弱すぎて微生物抑制の効果が出なかったり。


しかし試行錯誤の末、四日目の夜、ついに完成した。


小さな箱型の装置だ。


見た目は地味だが、内部には精密な術式が組み込まれている。


「試してみましょう」


リアが、集積所の隅にあった汚れた水を持ってきた。下層区画から運ばれてきた廃水のサンプルだ。明らかに濁っていて、嫌な臭いがする。


カインは装置に水を注いだ。


数秒後、装置の中で淡い光が灯った。


水が、装置の中を通り抜けていく。


出てきた水は――。


透明だった。


臭いもない。


リアが恐る恐る、その水を小さなカップに注いで、においを嗅いだ。


「……無臭です。色も透明」


「飲んでみるか」


「え、いいんですか」


「俺が先に飲む」


カインはカップを手に取り、一口飲んだ。


清涼な味だった。雑味も異臭もない。完全に浄化されている。


「安全だ」


リアも恐る恐る飲んでみた。


「……本当に、きれいな水」


リアの目に、何か熱いものが浮かんだ。


「これがあれば、下層区画の人たちが……」


「材料費はほぼゼロだ。量産すれば、一台銅貨数枚で作れる」


「金貨五枚の浄水器が、銅貨数枚で?」


「ああ」


カインは静かに頷いた。


「これが、俺が作りたかったものだ」



試験当日。


アルケミア本部の大広間に、灰色見習いと銅色見習いの受験者たちが集められていた。総勢二十名ほど。試験官は三人の上位錬金術師で、中央に座る恰幅の良い男が主任試験官だった。


「今回の課題は「水の浄化装置の製作」だ。各自、持参した作品を提出せよ」


受験者たちが順番に作品を提出していく。


ほとんどの作品は、既存の浄水器の小型化や改良版だった。性能は既存品と同程度か、やや劣るものが多い。試験官たちは淡々と評価を下していった。


カインの番が来た。


「カイン・ロウ、提出物を」


カインは小さな箱型の装置を提出した。


試験官の一人――痩せた中年の男――が、装置を手に取って眺めた。


「……これは何だ。随分と簡素な作りだが」


「水の浄化装置です。お試しください」


試験官は懐疑的な顔をしながら、用意された汚水のサンプルを装置に注いだ。


数秒後、淡い光が灯り、透明な水が出てきた。


試験官は驚いた顔をした。


「……これは」


成分を確認するための魔法測定器に水をかざした。測定結果が表示される。


「不純物、ほぼゼロ。微生物反応、なし。これは……」


試験官の声が大きくなった。


「主任、これを見てください」


中央の主任試験官が立ち上がり、測定結果を確認した。


「これは既存の浄水器と同等、いやそれ以上の浄化レベルだ。材料は何を使った」


「廃棄素材です。コストはほぼゼロです」


会場がざわついた。


「廃棄素材で、既存品を上回る性能を?」


「灰色見習いが、こんなものを?」


ざわめきが広がる中、カインは静かに立っていた。


主任試験官が、鋭い目でカインを見た。


「これを作った理論を説明できるか」


「化学反応による不純物の分解と、振動による微生物の抑制を組み合わせています。既存品は単一の浄化魔力に依存していますが、私の装置は二段階の処理を行うことで、より効率的な浄化を実現しています」


主任試験官は、しばらく装置と測定結果を交互に見ていた。


「……驚いた。本当に驚いた」


主任試験官は、深く息を吐いた。


「これほどの実用性とコスト効率を持つ装置は、上位錬金術師でもなかなか作れるものではない」


会場の空気が変わった。


侮蔑と懐疑から、驚愕と困惑へ。


「カイン・ロウ、お前の評価は――」


主任試験官は、はっきりと言った。


「最高評価とする。本来であれば、銅色見習いどころか、いきなり銀色見習いへの昇格も検討すべき内容だ」



試験結果の発表は、その日のうちに行われた。


カイン・ロウ、灰色見習いから銀色見習いへの特例昇格。


二段階の飛び級だった。


通常、灰色から銀色への昇格は、銅色を経て段階的に行われる。しかし試験官たちの満場一致で、カインの実力は銅色を経る必要がないと判断された。


発表の場で、クロムは呆然とした顔をしていた。


灰色見習いの監督役だった彼の上に、カインが立つことになった。逆転だ。


会場の隅で、リアが目に涙を浮かべて拍手していた。


ゴッホも、こっそり会場の隅から見守っていた。試験は一般公開されていたため、外部の関係者も見学できる。


「やったな、坊主」


試験後、ゴッホがカインに声をかけた。


「これで動きやすくなる」


「銀色見習いの権限は」


「独自の研究室を持てる。市場での正規取引も認められる。そして、ギルド内の意思決定にある程度関与できる発言権が得られる」


カインは静かに頷いた。


(これで土台ができた)


灰色見習いのままでは、何をしても「下っ端の小細工」として扱われる危険があった。しかし銀色見習いという立場があれば、行動の正当性が増す。


エシュラー侯爵家への対抗策を進める準備が、整い始めていた。



同じ夜、エシュラー侯爵家の書斎では、マルコが報告を受けていた。


「灰色見習いの錬金術師が、試験で銀色見習いに特例昇格しました」


「……何だと」


「水の浄化装置を製作し、既存品を上回る性能と、ほぼゼロのコストを実現したとのことです」


マルコの顔が歪んだ。


「ほぼゼロのコスト、だと?」


「廃棄素材のみを使用したそうです」


マルコは机を叩いた。


「廃棄物から、まともなものなど作れるはずがない! 何かの詐術だろう!」


「しかし試験官三名が立ち会い、公開の場での実演でした。詐術の余地はないと思われます」


マルコは荒い息を吐いた。


「……名前は」


「カイン・ロウと申します」


マルコは、その名前を頭に刻み込んだ。


「調べろ。徹底的に調べろ。あの男が次に何をするつもりか、先回りして潰す」


家令は一礼して退出した。


マルコは椅子に深く座り直し、窓の外を睨んだ。


灰色見習いだと侮っていた相手が、わずか一ヶ月足らずで銀色見習いに昇格した。それも、廃棄素材という「無価値なもの」を使って。


(忌々しい)


マルコには、まだ理解できていなかった。


その「忌々しい男」が見ているのは、自分の財産の根拠そのものだということに。


侯爵家の富を支える「星砂鉄」の独占。


それがどれほど脆い砂上の楼閣であるか、マルコ自身はまだ気づいていなかった。



―――― 第二話 了 ――――

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