第十二話 廃棄魔道具の秘密
翌朝、カインが最初に手を付けたのは、ゴッホが集めてきた廃棄魔道具の箱だった。
箱の中には、様々な形の魔道具の残骸が詰まっていた。割れた魔力灯の枠組み、動かなくなった自動扉の駆動部品、壊れた温度調節器の内部機構、液晶が濁った魔法鏡の縁取り。どれも「使えなくなった」として廃棄されたものだ。
リアが箱を覗き込んだ。
「これ、全部ゴッホさんが?」
「首都の修理屋と、ギルドの廃棄部門から集めてもらった。一週間分の廃棄魔道具だ」
「すごい量ですね」
箱は三つあった。それぞれに、異なる種類の廃棄物が詰まっている。
カインは一つ目の箱から、壊れた魔力灯の枠組みを取り出した。
魔力灯は、魔石を光源として使う照明具だ。魔石が消耗するか、枠組みの術式が劣化すると使えなくなる。多くの場合、「魔石が切れた」として全体が廃棄される。
しかし「価値創造の眼」で見ると。
「魔力灯の廃棄品。魔石:消耗しているが残存魔力あり(通常品の十五パーセント程度)。枠組みの術式:一部劣化しているが、中核部分は健全。内部配線に使われている銀糸:純度が高く、導電性の素材として再利用可能。全体の再生可能率:七十パーセント以上」
七十パーセント以上が再生可能。
しかし廃棄されている。
カインは枠組みを手の中で転がした。なぜ廃棄されるのか。理由は単純だ。「直す」技術を持つ者がいないか、直すコストより新品を買う方が安いと思われているかのどちらかだ。
しかし本当にそうか。
カインは計算した。
新品の魔力灯は、市場価格で銀貨八枚から十枚。
廃棄された魔力灯を修復するのに必要な作業は、劣化した術式部分の再構築と、残存魔力の増幅だ。どちらもカインの技術があれば十分に可能な作業だ。
修復にかかる材料費は、ほぼゼロ。作業時間は一個あたり三十分程度。
修復した魔力灯を市場に出せば、新品の半値以下で提供できる。
(これは、全く違う方向の価値だ)
廃棄素材から新しいものを作るのではなく、廃棄された道具そのものを「修復する」という方向だ。
カインはリアに言った。
「方針を変える」
「どういうことですか?」
「廃棄魔道具から素材を取り出すのではなく、魔道具そのものを修復して再販する形を試してみたい」
リアは少し考えた。
「修復、ですか。今まではものを「作る」方向でしたが」
「直すことも、価値を生む。廃棄された魔力灯が修復されて、また誰かの家を照らすようになる。それは新しいものを作るのと同等の価値がある」
「技術的には可能ですか」
「やってみないとわからない。しかし、廃棄素材の術式を読んで再構築する技術は、すでにある。それを魔道具の修復に応用するだけだ」
リアは頷いた。
「やってみましょう」
最初の修復対象は、廃棄された魔力灯にした。
カインは枠組みを作業台に置き、内部構造を丁寧に読んだ。
劣化した術式の部分が、三箇所あった。
一箇所目は、魔石との接続部分。魔石から魔力を吸い上げる術式が劣化していた。これを再構築すれば、残存魔力十五パーセントでも効率よく使えるようになる。
二箇所目は、光の拡散を制御する術式。一部が欠損していて、光が偏って出ていた。
三箇所目は、安全機構。過負荷の時に自動停止する術式が機能していなかった。
カインは一箇所ずつ、丁寧に再構築した。
術式の再構築は、通常の錬成より細かい作業だ。既存の構造を壊さずに、劣化した部分だけを直す。外科手術に近い繊細さが必要だ。
一時間かかった。
「試してみます」
カインは修復した魔力灯の台座に、残存魔力が残る古い魔石を乗せた。
ぱっと光が灯った。
安定した、白い光だ。以前は偏っていた光の拡散が、均一になっている。光量は新品より少ないが、実用には十分だ。
「……光ってます」
リアが目を丸くした。
「修復できた」
「新品と同じくらい明るいですね」
「魔石の残量が十五パーセントしかないので、光量は七割ほどだ。しかしこの魔石に追加で魔力を充填すれば、ほぼ同等になる」
「充填もできるんですか」
「それは別の話だ。まず修復の精度を固める」
カインは次の廃棄品に手を伸ばした。
動かなくなった自動扉の駆動部品だ。
これも「価値創造の眼」で読むと、術式の中核は生きていて、周辺の制御部分が劣化しているだけだとわかった。
修復は四十分かかった。
部品を台の上で動かすと、滑らかに動いた。
「……完璧ですね」
リアが言った。
「修復の方が、新規錬成より難しい場合がある。既存の構造を把握した上で、その構造を活かしながら修復しなければならないから。しかし今回は構造が単純だったので、問題なかった」
「難しい場合というのは?」
「複雑な術式を持つ高級魔道具の修復だ。安全機構や複数の術式が絡み合っている場合、一部を直すと別の部分に影響が出ることがある」
「そういう場合はどうするんですか」
「全体の構造を把握してから、影響が最小になる順番で修復する。数時間かかることもある」
リアはメモを取りながら聞いていた。
「これを量産するとなると、どれくらいのペースで処理できますか」
「今の技術水準では、一日に十五個から二十個の単純な修復が限界だ。複雑なものが混じれば、もっと少なくなる」
「需要はありますか」
「確認が必要だ。ゴッホさんに聞いてみよう」
ゴッホへの報告は、翌日の昼に行った。
修復した魔力灯と自動扉の部品を持参して、ゴッホの店に行った。
老商人は修復した魔力灯を手に取り、光を確かめた。
「……これが廃棄品から修復されたものか」
「そうだ。修復費用は材料費ゼロ、作業時間一時間」
「新品の魔力灯は銀貨八枚だ。修復品はいくらで売る?」
「銀貨三枚から四枚で十分な利益が出る」
ゴッホは電卓を叩くような仕草で計算した。
「需要はある。特に下層区画と、商店街の小規模な店だ。新品を買う余裕はないが、修復品なら手が届く」
「修理屋は?」
「首都にも修理屋はある。しかし、壊れた魔道具の全てを直せるわけではない。術式の劣化が原因の故障は、修理屋では対応できない場合が多い」
「つまり、修理屋に持ち込んで直せないと言われたものが、俺なら直せる可能性がある」
「そういうことだ。市場には「諦めた廃棄品」が大量にある。それをまとめて引き取って修復して販売する形ができれば、それだけで一つの事業になる」
カインは頷いた。
「ただし、修復の判断基準が要る。全ての廃棄品が修復できるわけではない。本当に再生不可能なものも混じっている。選別の精度を上げる必要がある」
「それはお前の「眼」でできるな」
「できる。選別は俺がやる。修復の作業はリアと分担する」
「わかった。まず試験的に、修理屋のルートから廃棄品を引き取れないか当たってみる」
翌週から、試験的な修復事業が始まった。
ゴッホが四件の修理屋に話を持っていくと、全ての修理屋が興味を示した。
「直せなかった品を引き取ってもらえるなら、ありがたい」というのが共通の反応だった。
修理屋には、「直せない品を廃棄するコスト」がかかっていた。廃棄物の処理は無料ではなく、量が増えると費用になる。それを引き取ってもらえれば、費用が減る。
さらに、「修復されたものが安値で市場に出れば、新品の需要が脅かされる」という懸念も、修理屋は持っていなかった。修理屋が扱うのは「直せるもの」であり、カインが修復するのは「直せないと諦められたもの」だからだ。
市場が違う。
競合しない。
最初の週、四件の修理屋から合計六十二点の廃棄品が届いた。
カインが選別した結果、修復可能と判断したのは四十一点。残りの二十一点は、本当に再生不可能だった。
四十一点の修復を、カインとリアで五日かけて行った。
完成した修復品四十一点を、ゴッホが市場に持ち出した。
三日で完売した。
「値段をもう少し上げた方が良いかもしれない」ゴッホが言った。「買いに来た人が「安すぎる」と言っていたくらいだ」
「品質が証明されれば、少し上げても良い。しかしまずは信頼を作ることが先だ」
「そうだな。しかし確実に需要がある」
「廃棄品の収集ルートを広げる必要がある。首都内の修理屋だけでなく、商人経由でも引き取れる体制にしたい」
「わかった。動く」
修復事業が軌道に乗り始めた頃、セリーヌが研究室に来た。
久しぶりの訪問だった。
「魔道具の修復を始めたと聞いたわ」
「はじめたばかりだ」
「面白いことを考えるわね。作るより修復の方が、市場への影響が大きいかもしれない」
「なぜそう思いますか」
セリーヌは椅子に座り、少し考えてから言った。
「「作る」は需要を生む。しかし「修復する」は損失を防ぐ。捨てられていたものが戻ってくる。それは市場全体の「資産」が増えることと同じよ」
カインは頷いた。
「同じことを考えていた」
「それから、一つ報告があって来たの」
「何でしょう」
「ギルドの若手錬金術師の中で、あなたの技術文書を参考に廃棄素材の活用を始めた者が増えている。今週だけで三名が新しい錬成品を作り、ギルドに技術登録の申請を出した」
「他の錬金術師が動き始めた」
「そうよ。あなたが作った流れが、広がっている」
カインは静かに考えた。
これが目指していた形だ。一人が動くのではなく、仕組みが広がって多くの人が動く。
「技術登録の申請は、正式に受理されましたか」
「今日承認した。三名とも、品質に問題はなかった」
「それは良かった」
「ただし、一つ懸念がある」
「何ですか」
セリーヌは少し間を置いた。
「廃棄素材の活用が広まることで、廃棄素材そのものの「争奪」が起きる可能性がある。今まで無価値だったものが価値を持つとわかれば、集めようとする者が出てくる」
カインは頷いた。
「予測していた」
「対処法は?」
「廃棄物の量は、需要に比べてまだ圧倒的に多い。しばらくは問題ないはずだ。しかしゆくゆくは、廃棄物の収集と分配の仕組みを作る必要がある」
「具体的には?」
「廃棄素材を専門に収集・分類・分配する「廃棄素材銀行」のような組織だ。廃棄物を持ち込めば、その価値に応じた対価が得られる。使いたい者はそこから仕入れる。市場のように機能させる」
セリーヌは少し驚いた顔をした。
「……それは、かなり大きな構想ね」
「今すぐではない。しかし方向として持っておきたい」
「ギルドとして支援できるかもしれない。検討してみる」
セリーヌは立ち上がった。
「一つ聞いていいかしら」
「どうぞ」
「リア・サンドールとの関係、変わった?」
カインは少し間を置いた。
「なぜ聞くんですか」
「あなたの目が、前より少し違う気がして」
「どう違う」
「遠いところを見ている時間が、少し減った気がする」
カインは少し考えた。
「……変わった」
「良かった」
セリーヌは短くそれだけ言って、部屋を出た。
リアが保管室から出てきた。
「また聞かれてたんですか」
「聞いていたのか」
「たまたまです」
「たまたまにしては、毎回来るのが早い」
リアは少し笑った。
「カインさんが一人で変なことを言い始めないか、心配で」
「変なことを言うつもりはない」
「そうかもしれないですが、念のため」
カインは少し黙った。
「セリーヌさんは、「目が違う」と言っていた」
「そうですね」
「お前にはわかるか」
リアは少し考えた。
「わかります。あと、笑う回数も増えました」
「そうか」
「良いことです」
「……そうかもしれない」
修復事業と並行して、カインは廃棄魔道具の解析を深めていた。
修復できない廃棄品の中に、全く別の可能性が見えているものがあったからだ。
修復不可能と判断した二十一点のうち、七点に、「価値創造の眼」が強い反応を示していた。
修復はできない。しかし、内部の部品から取り出せる素材がある。
特に気になったのは、壊れた「魔力探知器」の内部部品だった。
魔力探知器は、周囲の魔力を感知する精密な装置で、上位の錬金術師や魔法師が使う高価な道具だ。壊れると修復が難しいため、ほとんどが廃棄される。
この廃棄品の内部に、「感応金属」と呼ばれる特殊な合金が使われていた。
感応金属は、魔力の微細な変化を増幅して伝達する性質を持つ。それ自体は壊れておらず、分解して取り出せば再利用できる。
問題は、取り出し方だ。
感応金属は壊れた装置の他の部品と複雑に絡み合っており、通常の方法で分解しようとすれば感応金属まで損傷する。
「価値創造の眼」が見えている方法は、特定の周波数の振動を装置に与えることで、感応金属だけを選択的に緩めて取り出すというものだった。
音響増幅結晶体で使った、振動の原理の応用だ。
「リア、少し手伝ってほしい」
「何ですか」
「壊れた魔力探知器から、感応金属を取り出す実験をしたい。振動術式の安定化を担当してほしい」
「感応金属ですか。あれは高価な素材ですね」
「廃棄品に入っているなら、取り出してもコストはゼロだ」
「でも、分解が難しいんじゃないですか。感応金属は他の素材と結合しやすくて、無理に取り出すと損傷すると聞いたことがあります」
「振動を使えばできる可能性がある」
リアは少し考えた。
「やってみましょう」
作業は慎重に進めた。
まず装置の内部構造を完全に把握した。どの部品がどのように繋がっているかを「価値創造の眼」で読み、構造図を紙に書き出した。
次に、感応金属が他の部品と接触している部分を特定した。
そして振動術式の設計に入った。
感応金属の結合を緩めるのに必要な周波数を計算し、それを他の部品には影響が少ない方向で発生させる。
リアが術式の安定化を担当した。
「周波数の制御、かなり細かいですね」
「感応金属は繊細だ。大きな振動では損傷する。微細な振動を持続させる必要がある」
「わかりました。安定化できます」
二時間かかった。
微細な振動が装置に加わり、ゆっくりと内部の接合が緩んでいく。
三時間後、感応金属の塊がすっと装置から外れた。
無傷だった。
カインは感応金属を手に取り、「価値創造の眼」で確認した。
「感応金属・廃棄魔道具より回収。品質:良好。損傷なし。市場価値:金貨二枚から三枚(市場流通品と同等)」
金貨二枚から三枚。
廃棄品から、ほぼゼロコストで。
「できました」
リアの声が、少し高くなった。
「できた。この方法が確立できれば、廃棄魔道具から高価な素材を回収できる」
「他にも感応金属が入っている廃棄品があれば、全部試せますか」
「今日届いた分では、もう二個ある。明日試す」
「楽しみです」
リアはそう言って、回収した感応金属を丁寧に保管瓶に収めた。
その夜、カインは設計メモに新しいページを開いた。
「廃棄魔道具からの素材回収技術、開発記録」
また一つ、新しいものが始まった。
しかし翌朝、新しい問題が来た。
ゴッホから急ぎの連絡だった。
「坊主、少し厄介な話がある。今すぐ来られるか」
ゴッホの店に行くと、老商人は珍しく険しい顔をしていた。
「座れ」
カインは椅子に座った。
「昨夜、私の店に何者かが侵入した形跡がある」
カインは静かに聞いた。
「盗まれたものは」
「物はない。しかし帳簿を確認したら、取引記録のページが一部読まれた形跡がある。ページが微妙にずれていた」
「帳簿の何を見ようとしたと思うか」
「カインとの取引の記録だろう。誰に何をいくらで売ったか、どこから廃棄素材を仕入れたか。そういった情報だ」
カインは考えた。
エシュラー侯爵家の件は決着がついた。コス組合は取引先になった。新たな敵が動いているとすれば、誰か。
「廃棄素材の活用が広まり始めたことで、影響を受ける別の勢力が動いた可能性がある」
「私もそう考えている。一つ心当たりがある」
「聞かせてくれ」
「ギルドの上層部だ」
カインは少し間を置いた。
「ランベール卿ではなく?」
「ランベール卿は違う。しかしギルドの上層部には、ランベール卿の方針に反対する者がいる。特に、ギルド外部への技術の公開と、独立した流通ルートの確立を快く思っていない者たちだ」
「ギルドの技術が広まれば、ギルドの独占的な地位が失われる、という論理か」
「そうだ。ギルド内の一部の上位者にとって、今のギルドの仕組みは自分たちの収入の源だ。廃棄素材の活用技術が外に広まって、ギルド外の錬金術師や商人が独自に動けるようになれば、ギルドへの依存が薄れる」
カインは静かに分析した。
(これは、エシュラー侯爵家より根が深い)
エシュラー侯爵家は一つの貴族家だ。しかしギルド内部の勢力は、組織の中から動く。対処の方法が違う。
「ランベール卿に報告する必要がある」
「私もそう思う。ただし、証拠がない」
「帳簿の件は証拠にならないか」
「形跡があるだけで、誰がやったかは不明だ。ランベール卿に報告するには、もう少し具体的な情報が要る」
カインは考えた。
「ギルド内の動向を調べる人間が必要だ。リアに頼める範囲には限りがある」
「セリーヌ・ヴォルフに頼めないか。彼女はギルドの上層部に近い立場にある」
「頼める。しかし、セリーヌさんに余計なリスクを負わせることになる」
「それは本人に判断してもらえば良い」
カインは頷いた。
「セリーヌさんに連絡する。それと、ゴッホさんの帳簿の保管場所を変えてほしい。二重の施錠をかけて、移動させる」
「わかった」
「廃棄素材の仕入れルートも、少し変えておいた方が良いかもしれない。一箇所に集中していると狙われやすい」
「それも動く」
「一つ聞いていいか」
「なんだ」
「怖いか」
ゴッホは少し考えた。
「正直に言う」
「どうぞ」
「お前と組んでいなければ、今頃は静かな廃業を考えていたかもしれない。この年で、こんな展開になるとは思っていなかった」
「やりすぎたか」
「いや、そうじゃない」ゴッホは静かに言った。「怖いかと聞かれれば、少し怖い。しかし、やめたいとは思わない。お前がやっていることに、意味があると信じているから」
カインは少し考えた。
「巻き込んで、申し訳ない」
「謝るな。私が選んだことだ」
「……わかった」
「坊主、一つだけ言っておく」
「なんだ」
「今度の相手は、エシュラー侯爵家とは種類が違う。外から来る圧力ではなく、内側から来る圧力だ。気をつけろ」
カインは頷いた。
「わかっている」
「わかっているというより、準備がいるということだ」
「どんな準備が必要だと思うか」
ゴッホは少し考えた。
「信頼できる人間の数だ。外からの圧力には、記録と証拠で対抗できる。しかし内側からの圧力は、信頼できる人間がいないと、情報がどこから漏れているかがわからない」
カインは静かに頷いた。
「信頼できる人間は、今いる。ゴッホさん、リア、セリーヌさん、ラドさん、ランベール卿」
「その全員に、今の状況を伝えることだ。バラバラに動くより、情報を共有した上で動く方が、内側からの攻撃には強い」
「そうする」
研究室に戻ると、リアがカインの顔を見て少し眉を寄せた。
「何かありましたか」
「ゴッホさんの店に侵入の形跡があった。おそらくギルド内部の勢力が動き始めている」
リアは少し黙った。
「……次の敵は、ギルドの中ですか」
「まだ確認中だ。しかし、可能性が高い」
「どうするんですか」
「まずセリーヌさんに連絡する。それから、今まで動いてくれた全員に状況を共有する」
リアは頷いた。
「私は何をすれば良いですか」
「今まで通りに動く。ただし、外との連絡や情報のやり取りに、少し注意が要る」
「わかりました」
「それと、ギルド内で気になる動きを聞いたら、すぐに教えてほしい」
「はい」
カインは机に向かった。
セリーヌへの手紙を書き始めた。
窓の外に、春の午後の光が差し込んでいた。
明るい光だったが、カインの頭の中は新しい問題の分析で動いていた。
内側からの圧力。ギルドの上層部の一部。
これは、エシュラー侯爵家との戦いとは全く性質が違う。
正面から対抗することが難しい相手だ。
しかし、方法はある。
必ずある。
カインはペンを走らせながら、静かに考え続けた。
―――― 第十二話 了 ――――




