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メスガキのバカな大人観察日記  作者: ニドホグ
少女文学

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過去の罪

 うんざりだった、今日も学校あるのかよ。


 まだ見慣れない通学路のアスファルトを靴で擦るようにして歩く。

 寒々しい気候と曇天も相まって、まるで世界が灰色みたいだ。

 ふと空を見上げたって、いっぱいに詰まった雲には動きなんかあって無いようなもんだった。

 これだから冬は嫌いなんだ。


 毎日毎日毎日、自分の意思とは関係なく登校して、二日ぽっちの休日が繰り返される。

 これでは自分の人生なんて存在していないみたいだ。


 思えば、前の学校には文芸部があったから、俺は毎日学校に行けていたのかもしれない。

 もういっそ俺も不登校になって、あゆみと二人で世界なんて存在しないような顔をして生きていこうか?


「……止まりなさい」


 校門の前で、ふと背後から掠れた小さい声が聞こえた。

 最初はそれが自分に向けられたものだとは気が付かず、そのままとぼとぼと歩き続ける。

 しかしそれが良くなかった。二度目の停止勧告は荒っぽく、急に襟首を掴まれる。


 絞まった首を手で庇い、俺はゆっくりと振り返った。


「恋愛相談室の阿田池さんだったか? 何用かね」


「浅野晋作……お前の問題を解決してあげる。そう言えば分かる?」


 俺を助けたがっているにしては随分ツンとした態度。

 だが何用なのかは伝わった。俺のスマホに届いた、綾加の攻撃的なメッセージについてだろう。


「昨日のスマホの件だな。申し出はありがたいが、助けはいらんよ」


「……お前の意思は聞いてないから。大人しく助けられなさい」


「意味が分からんな。そこまでして俺の事情に首を突っ込むのは何故か?」


 俺が尋ねると、阿田池はうんざりとした態度で肩を竦める。


「……放っておいても小巻が勝手に首を突っ込むだろうから、私が先に解決しておくだけ。そもそもお前をあまり小巻に関わらせたくない。特級の厄ネタ臭がプンプンしてるから」


 彼女はあまり動かない表情筋に最小限の力を込め、胡乱気に俺を見て言葉を続ける。


「分かる? ただでさえクリスマス祭前で猫屋敷のことも気掛かりなのに、小巻の『救いたがり』を刺激するお前みたいな奴は迷惑でしかない。だから、さっさと私に救われて」


 ここまでエゴイスティックな救済の申し出も珍しい。

 だが、本当に善意で動いているように見える宮下や宇津木よりも、俺にとってはよほど相手にしやすかった。


「なるほど、君の目的は分かった。しかし、事情も知らないのに俺をどう救おうというのかね」


「事情はお前から話して、そしたら解決してあげるから」


 そう短く言って踵を返し、阿田池は校舎の中へと歩き始める。

 俺はどうしようかと少し悩んで、彼女の少し後ろを歩いた。


「……話しにくい。横に並んで歩きなさい」


 阿田池に睨まれ、俺はすごすごと彼女の横に並んで歩く。


 しかし、どうしようか。

 事情を話そうにも、綾加の件は人においそれと話すような内容でもない。

 それに、そもそも俺だって綾加のメッセージについては知らないことばかりなのだ。


 いっそ教室に着くまで黙り込んで、全部なあなあで済ませてしまおうか?

 いや、そうしていたら次は宮下さんが飛んでくるのか……。


 実の所、俺は少し宮下さんに対して苦手意識があった。

 彼女の在り方には嘘が無い。そんな正しく善良な彼女を見ていると、嘘を吐かずには生きていけない名倉さんを思い出すから。


 ……もう、観念して話してしまおう。

 どうせ綾加の件も、ずっと先延ばしにはしていられないんだ。

 それに本当のところ、もう色々と吐き出してしまいたかった。名倉さんのことも、猫屋敷のことも、平川のことも、当然綾加のことも、全部が頭を悩ませて、いい加減おかしくなりそうだ。


 それに吐き出す相手として、俺に興味が無く関係も薄い阿田池は存外丁度良く思えた。


「あのスマホのメッセージを送ってきたのは、前の学校の後輩でね」


 俺がそう言って話始めると、阿田池は観察するような視線をこちらに向ける。


「同じ部活で仲良くやっていたのだが……あるとき、俺と後輩に近しい人が亡くなったんだ」


「……名倉花香?」


 まさか、二日連続で他人の口からその名を聞くとは。


「君もネットで嗅ぎ回ったクチかね?」


「……お前が思っているほど、周囲は転校生に無関心でいてくれない。こんな人間関係が壊れ切った学校では尚更ね。もっと自分の現状に自覚的になったら?」


 俺が阿田池の随分な態度に閉口していると、彼女は「それに……」と言葉を続ける。


「名倉花香については、私も知らないわけじゃないし」


「どういう意味だ?」


「……別に、単に小学生の頃に同じクラスだったってだけ。名倉花香はずっと変な子だったけれど、あるときから急に小巻の真似をし始めて、嘘みたいに普通の子になった」


 阿田池は少しだけ目を細め、苦々しそうに子供の頃の記憶を吐き出す。


「人当たりが良くなった名倉花香に、みんなコロっと騙されていた。でも、ウサギの頭を潰して喜んでたような奴が、小巻になろうだなんて許されない。下手くそな偽物って見ていて不快になるから……本当に嫌い」


 どこか遠くを見ているようだった阿田池の目が、ふっと俺の方を見る。

 その口元は、せせら笑うように歪んでいた。


「要するに名倉花香の中身は、皆が知っている姿とまるっきり別人ってわけ。お前は一緒に海に行くくらいアイツと仲良しだったみたいだけれど、もしかして本性は知らなかったの?」


「……知ってるよ」


「ウソ。正気であんな奴と関われるわけがない」


「確かに俺は正気では無かったかもしれないが、それでも名倉さんは俺にとって大切な人だった」


「あんな奴が好きだったわけ?」


 そんな売り言葉に買い言葉のような返答に、俺はギクリとしてしまう。

 好き、という言葉は……俺にとって酷く扱いにくいように思えた。

 俺が名倉さんに対して抱いている感情が、好意だけだとは思えない。分からない。俺は言葉にするのが怖いのだろうか? 適切な言葉が分からないのか?


 そんな思考がワッと頭を過って、俺は黙り込んでしまった。

 名倉さんのこととなると、どうにも上手く思考がまとまらない。


 様子がおかしい俺を見て少し冷静になったのか、阿田池は俯き「……ごめん、嫌なこと言った」と謝罪する。

 俺は内心それどころでは無かったが、混乱する思考をどうにかしたくて半ば強引に言葉を紡いだ。


「それより、今は俺の後輩の件だったね。事故の日から俺は塞ぎ込んでしまって、後輩からのメッセージを無視していた。するとだんだん心配のメッセージが、俺を責めるような内容に変わっていったんだ。そうして今の届き続けているのが、先日のメッセージというわけだ」


「……随分簡単に話すけれど、お前かなり酷い状況なの分かってる?」


「分かっているとも。それにさ、ときどきメッセージに自罰的な内容が混ざるのも心配でね。何とかしなればとは思っていたのだが……俺の方も塞ぎ込んでいたいたせいで動けなくてね。それで放置してしまっていた」


「まあ良い、事情は分かった。お前はちゃんとその後輩と会って、不要なことは言わずに話を聞いて謝って。心配してくれたことにもちゃんと感謝する。それ以降は連絡を絶つ。そしたら、そこまで悪い事にはならないから」


 意外性は無いが、堅実な解決策だった。

 俺もいい加減、重い腰を上げるときが来たのだろう。最後にちゃんと人間関係を整理して、その後は……


 俺は綾加のメッセージを開き『会って話したい』とだけ連絡した。

 すぐに既読がつくが、返信は来ない。まあ、気長に待つとしよう。


 スマホから顔を上げると、教室の前で阿田池がくるりと振り返る。


「……それから、最後に一つアドバイスをあげる。その後輩に告られた場合は悩まずスッパリ断ること」


「どういうことだ? というか、俺が綾加君に告白されていることは話していないはずだが……」


「そんなの状況聞けば分かる。良いから、ちゃんと断ること。お前は、人の面倒見る余裕なんか無いでしょう?」


 ぐうの音も出ない。

 しかし、いざそのときになったら、悩まずスッパリ断るというのは難しそうだった。

 俺と綾加の間にも、色々なしがらみや積み重ねというものが、既に生まれてしまっているから。


 そのまま誤魔化すように頷いて、俺は自分の席に向かう。

 するとまだ用事があったのか、阿田池は俺の肩を掴んで引き留めてくる。


「あ、それと小巻の前で名倉花香の名前は出さないで。きっと小学生の頃のアレは、あの子にとっても良い思い出じゃないだろうから……」


「ああ……分かった。あ、いや、そういえば転校初日に名倉さんの名前を出してしまったな。けれど、名前に反応している様子は無かったよ」


「そう……なら良い。もう昔の話だし」


 そう言うと阿田池は自分の席に向かい、退屈そうな顔で文庫本を開く。

 俺はその背を見送ってから自分の席に座った。


 ぽつぽつと他の生徒も登校しているが、朝の時間はどこか静謐だ。

 俺は不安に痛む胸を抱え込むように、綾加との再会を想いながら机に顔を埋める。


 一つずつ関係を解いて行くような日々は、どこか死に向かっているように感じられる。と、冷たい机の天板を感じながら俺は静かに微睡んだ。

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