黒い密談。
「楽しむ」
と宣言した私がまず最初にした事は、携帯の設定をいじる事だった。
和樹クンの過去を見た事を参考に、信用出来る人以外のアドレスを全部削除してついでに着信拒否設定をしておく。
で、信用出来る彼の親友の一人に電話をかけた。
仙道 和樹の身体で楽しく生きていくためには彼の助けが必要不可欠なのだ。
数回のコール音の後に、『もしもし』と出た声の主に私は緊張と動揺を抑えつつ「もしもし、コースケ??」と声をかける。
『おう。和樹、調子どうだ?最近、顔色悪かったから心配してたんだぞ』
「あぁ、ごめん。ちょっと相談したい事があるんだけど時間大丈夫??」
『構わんぞ。どうした?』
電話の相手は、戸川 浩介。和樹クンの数少ない頼れる年上の親友だ。
和樹クンの過去を彼の感情付きで見たおかげか、他人と話してるような気分にはならなかった。
親しい友達と話してる気安い雰囲気に緊張と動揺はすぐに消え去った。
電話越しに移動する音が聞こえ、バタンとドアが閉まる音が聞こえる。どうやらわざわざ移動してくれたらしい。
「俺、引退したいんだ。‥‥‥協力してくれない?」
『‥‥‥なんだ、やっとか。』
「ふぇ?」
『前から言ってただろう?お前にはその世界は似合わないって。』
「あぁ、そうだっけ」
『惜しみなく協力してやる。いま家か?』
「ありがと。そうだけど?」
『迎えを寄こす。こっちに来い』
「分かった」
和樹クンがもし冷静に周りを見る事が出来ていたなら、こんなにも素晴らしい人たちが居た事に気づけたのにね。ちょっと哀しいね。
頑張るよ、君の分まで私はこの身体で幸せになって見せるんだからね!!
「はいはーい」
ピンポーンと鳴ったチャイムに私はドアホンを取って対応する。
画面に出たのは黒いスーツを着たダンディーなおじさん。
彼は鶴田 恭一郎。浩介の家の執事さんだ。
こういう情報は、彼の過去を見たおかげか頭の中にインプットされている。
それにしてもすごいよねー、執事だよ執事。
翔子だった頃なら出会う事も無かったであろう職業のお方だ!
『お迎えにあがりました』
「うん、今行くー!」
軽く返事をしてから私はいそいそと部屋から飛び出した。
ここは最上階、34階だから1階までは勿論エレベーター使用だ。階段で降りたら死ねる。
「お待たせしました、鶴田さんいつもありがとうございます」
「いいえ、では参りましょうか」
鶴田さんは、和樹が浩介と遊ぶ時には必ず迎えに来てくれるのだ。
優しいおじいちゃんという言葉がぴったりな彼は、私に綺麗なお辞儀をしてからマンションの前に止めていた高級リムジンのドアを開けてくれる。
至れり尽くせり。でも平平凡凡だった私とは全くの別世界に住む和樹にとってはこれが普通だった。
むしろ、これがないと普通に生活できないっていうか。あぁ、なんて不憫な子なんだろうか。
渋滞に巻き込まれる事もなくスムーズに走ったリムジンは、それほどの時間もかけずに高層ビル内の地下駐車場に止まった。
ほど近い場所にあるこのビルは浩介の仕事場だ。
「いってらっしゃいませ」と見送ってくれる鶴田さんにお礼を言って私は浩介の居る最上階に向かった。
しかし、セレブは高いところが好きなのかね?みんなして最上階って、馬鹿の一つ覚・・・おっと失礼。
ロビーにいる受付嬢達が私を見て小さく黄色い悲鳴を上げるのを見ないようにしながら私はエレベーターに乗り込んだ。
和樹はこの顔パスなので警備員の人も止めることはしない。楽だぁーね。
「来たか」
「おじゃましまーす」
勝手知ったるなんとやら。いや、浩介と親友だったのは和樹本人であって私じゃないんだけどね。
「社長室」と書かれたドアをノックも無しに開けると、PCに向かっていたスーツ姿の青年が静かに顔を上げた。
戸川グループの代表取締役、それが浩介の肩書きだ。
病院からスーパー、果ては芸能事務所まで幅広く事業を展開している天下の戸川グループ。
翔子だった頃は「あそこの社長っていくら稼いでんのかなー」とか思ってたっけ。
そんな大会社の社長が今は私に向かって満面の笑みを浮かべている。改めて考えると凄いよね、今の状況。
てってってーとソファーまで歩いて行って我が物顔で座るが浩介は何を言うでもなく私の顔をじっと見つめる。
「ふむ、顔色は良いな。」
「まーね」
和樹の顔色が悪かったのは精神から来るものだったからね。中身がごっそりと入れ替わった今、顔色は素晴らしく良いはずだ。
うんうん。と満足そうに頷いた浩介は、秘書に紅茶を用意させてから下がらせると私と対面する形で向きあうように置かれたソファーに腰かける。
どうでもいいけど、このソファーふかふかすぎ。
「さて、引退だったか?」
「そう。ちょっとね、疲れちゃったんだ」
ポケットから取り出したるは和樹のスケジュール帳だ。
几帳面に書かれたスケジュールは何ページも隙間なくビッシリと詰まっている。翔子とは大違いだ。
「それだけじゃなかろう?……まぁ、理由なんてものはどうでもいいがな。‥‥‥さて、どうするかねぇ」
全てを見透かすような目に見つめられてちょっとドキッとしてしまった。
あぁ、この人。ホントに和樹が大事なんだなーって思ったよ。何故に気付けなかったんだ、仙道 和樹!
「俺以上に凄い肩書きだからなぁ。手段を間違うと凄い事になりそうだ。」
大パニックになるな。と笑う浩介に私は「あー、パニックになるねぇ」と何所か他人事に心の中で思った。
なにしろ、今の私こと仙道 和樹の肩書きはセドリオ事務所所属のアイドル‥‥‥‥なのだ。
しかも、そんじょそこらに居る芸能人とは格が段違いに違うような超超有名人。
全世界からカズの愛称で慕われている地球規模アイドルなのだ!!いや、ホントに冗談じゃなく。
芸能界とかに滅茶苦茶疎い私ですら知ってるテレビの向こうの人。
そんな人の身体で私第二の人生歩もうとしちゃってるんですねー、ハイ。身の程知らずも良いところ。。
マンションで姿見を見たときにはちょっと気付けなかったんだよねー。カッコいい顔に見惚れちゃって。馬鹿なのは分かってるわよ!自覚してる!
今の身体が超有名人の「KAZUKI」のものであったことに気付いたのは、和樹クンの過去を見たときだった。
さすがにキャーキャー言える状況じゃなかったし、あまりの過去にちょっと軽くスルーしちゃったんだよね。
で、まぁ辛い過去の原因になった「芸能界」という世界から足洗っちゃえば幸せの第一歩になるよねぇ?と浅慮にも思ってしまいまして。
ふふっ。誰か私の事を罵倒してくれ!「何でそんなにお前はバカなんだ!」って!!!
‥‥‥ちなみに自覚したのは鶴田さんの運転する車で浩介の会社に向かってる道中だったりする。
そこかしこのビルに張りつけられたポスターやら液晶に新しい自分の顔が溢れていれば、さすがに嫌でも自覚するって。
芸能事務所も展開している力のある会社の社長の浩介なら上手くやってくれそうだなーと思って協力要請したんだけども、今更ながらにちょっと自分の浅はかな考えに寒気がしていたりする。
無理でしょ!この状況で引退って!!私ですら先が見えるわ!!!
「‥‥‥やっぱ引退無理かなぁ?」
「いや、やってやれないことはないさ。任せろ」
項垂れる私に浩介はニヤリと笑って見せる。それにしても真っ黒な笑顔だな!!
それから4時間程、私と浩介は真剣に話しあった。
額を突き合わせて練りに練った策は、それはそれはもう浩介の真っ黒な笑顔にピッタリすぎる程周到なもので。
演技力とかそういうものと皆無な場所に居た私は必死になって浩介のシナリオを演じきった。
‥‥‥‥精神疲労で本気で死ぬと思ったけどね!!
お読み頂きありがとうございました!
誤字脱字、文章がおかしい所などに気がつかれましたら是非ご指摘ください┏●
次は浩介さん視点な予定。
学園ものなハズなのに、まだしばらくは学園が出てこないという罠ww