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第三章 女御華子

帝は、自らの軽はずみな振る舞いによって、中宮と結衣姫を失ったことを、深く悔やんでいた。

「あの時、なぜ私はあのようなことを……」

いくら悔やんでも、失ったものは戻らない。

帝の心は、日に日に沈んでいった。

菜々子は、そんな帝を少しでも慰めたいと思っていた。しかし、どのような言葉をかければよいのか、わからなかった。

その様子を見ていた女御の華子が、声をかけた。

「皇后様、帝にお手紙でも差し上げてはいかがでしょうか」

「お手紙ですか?」

「はい。帝がお心を痛めていらっしゃる今こそ、皇后様がお慰めして差し上げるのがよろしいかと存じます」

「そうですね……」

菜々子は庭に目を向けた。

そこには、朝露をまとった朝顔が咲いていた。

「そうだわ。あの朝顔を添えて、帝にお届けしましょう」

菜々子はさっそく筆を取り、帝を気遣う言葉をしたためた。

書き終えると、扇を開き、その上に朝顔と文を添えた。

「華子殿、これを帝にお届けしてくださいませ」

「かしこまりました」

華子は恭しく受け取ると、部屋を後にした。

しかし、帝の御座所へ向かうはずの華子は、途中で足を止めた。

そのまま自分の部屋へ入ると、文を開いた。

そこには、帝を案じる菜々子の優しい言葉が綴られていた。

華子はそれを読むと、口元に笑みを浮かべた。

「ふふ……皇后様は、ずいぶんとお優しいこと」

そう言うと、菜々子の文を燭台の火に近づけた。

紙はあっという間に燃え、灰となった。

そして新しい紙を取り出すと、筆を走らせた。

朝ごとに

新しき花

咲くものを

昨日の花に

心とどめて

華子は歌を書き終えると、紙を丁寧に結んだ。

そして、何事もなかったかのように朝顔を添え、帝の御座所へと向かった。

「皇后様からのお文でございます」

華子は侍従に文を渡した。

やがて、

「女御殿」

「はい」

御簾越しに、帝の声が聞こえた。

「これは、本当に皇后が書いたものか?」

華子は一瞬、息をのんだ。

「はい……それが何か?」

「そうか。そういうことか。わかった」

帝はそれ以上何も言わず、筆を取った。

しばらくして、一枚の紙を侍従に渡した。

「これを皇后へ届けよ」

「かしこまりました」

侍従から返歌を受け取った華子は、何が書かれているのか気になって仕方がなかった。

しかし、さすがに帝の返書を勝手に開くわけにはいかない。

(皇后様にお見せいただければよいのだけれど……)

華子は返歌を持って、菜々子の部屋へ戻った。

「皇后様。帝からのお返事でございます」

菜々子は驚いて顔を上げた。

「まあ、もうお返事が?」

差し出された文を受け取り、結びを解く。

そこに記されていた歌を目にした途端、菜々子の顔から血の気が引いた。

人知れず

恋しき人を

忘れよと

言う君がこそ

心知らぬらめ


「……これを、本当に帝が?」

菜々子は震える手で紙を握りしめた。

そして、こらえきれず、一滴の涙が頬を伝った。

「皇后様? 帝は何とおっしゃっていたのでしょう?」

華子が尋ねる。

菜々子は、はっと我に返った。

帝は今も、中宮を深く思っていらっしゃる。

その悲しみを、誰にも知られまいと、ひとり胸にしまっておられるのだ。

もし、このことが人々の耳に入れば、帝のお立場にも関わる。

菜々子は涙を拭い、無理に微笑んだ。

「何でもございません。お礼のお言葉でしたわ」

「お礼のお言葉……?」

華子は不思議そうに首を傾げた。

(あの歌が、お礼の言葉ですって?)

どう考えても、そうは思えなかった。

しかし、それ以上尋ねることもできない。

「華子殿、申し訳ありませんが、しばらく一人にしていただけますか」

「かしこまりました」

華子が退出すると、菜々子は握りしめていた返歌を広げ、もう一度目を通した。

「帝……」

その目から、再び涙がこぼれた。

やがて菜々子は燭台を引き寄せると、帝からの返歌を火に近づけた。

紙はゆっくりと燃え、灰になった。

菜々子はそれを見届けると、静かに立ち上がった。

一方、部屋を出たはずの華子は、少し離れたところから様子をうかがっていた。

菜々子が文を燃やしたのを見て、悔しそうに唇を噛んだ。

「悔しい……。やはり、帝のお返事を渡す前に読んでおけばよかった」

せっかくの機会だったのに、帝が何と書いたのか知ることができなかった。

しかし、華子はまだ知らなかった。

実は、この一部始終を、陰から見ていた女人がいたことを。

その女人は、華子が部屋を出てからのことも、菜々子が帝の返歌を燃やしたことも、すべて見届けていた。

そして、誰にも気づかれぬよう、静かにその場を立ち去った。

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