208話
彼女を好きになる理由はありすぎる程で、それだけ自分にとって、あの恋情は、自然なものだった。メイリは優しくて、可愛くて、綺麗で、頭が良くて、魔術にも長けていて。両親からロアンへの期待は大きく、それだけ重圧もあった。ロアンがその重さに押しつぶされなかったのは、彼女の存在が大きかった。
「大きくなったら、メイリは僕のお嫁さんになってくれる?」
気恥ずかし気に、俯きがちに言ったロアンの言葉に、メイリはきょとんとしてみせた。少し考えて、ロアンをそっと手招く。ロアンがその手を取ると、メイリは残酷な言葉を吐いた。
「私は運命の人に出会いました」
「……運命の人?」
「自分を、変えてくれた人です。彼のおかげで、私は自分を好きになれたのです」
メイリが言っているのが、自分でないことはすぐに分かった。
「メイリは、自分を好きじゃなかったの?」
「はい。……ずっと、嫌いだったんです」
彼女がそんな風に言うことに、ひどく驚いた。メイリはいつだって完璧で、理想の女性だった。
「その人がいたから、好きになれたの」
「そうですね」
「その人のお嫁さんになるの?」
「なれたら嬉しいなと思います」
「そっかあ」
メイリはロアンの頭を優しく撫でてくれた。幼ないながらに、振られたということは、ちゃんと分かった。メイリには、好きな人がいる。その人と結婚して、幸せになる。
「殿下にもいつか、その人が訪れます。その方こそ、あなたのお嫁さんになる方です」
「そんな人いるのかな」
「きっと」
暫くは落ち込んだが、そのあとも、変わらずロアンはメイリが好きだったし、会えることを喜んだ。振られた悲しさは、あまり長く続かなかった。メイリが幸せになれるなら嬉しいと、自然に思えた。メイリは時々、好きな人の話もしてくれた。幸せそうなメイリの姿を見るのは楽しかった。
彼の姿を初めて見たのは、神殿での儀式に参列したときだった。メイリの視線の先に彼はいた。すぐに、その人だと、分かった。
(……なんか、ぱっとしないけど)
その男は、存在感が希薄で、導士たちの端っこで、肩身が狭そうにしていた。
(でも、良い人そう)
その直感が大外れだったと気づいたのは、ずっと後のことだった。
* * *
(回復されたらまずい)
ロアンを倒したリュウは、すぐさまアーケインに飛び掛かった。手負いであろうと、この男の持つ力は、ビシビシと肌に感じていた。
(叩くなら今)
リュウの剣は、彼本来の身体能力の高さに、魔術を掛け合わせて最大速度となる。ロアンはその剣を全く見切れぬままに落ちた。
アーケインの大抵の物理攻撃は同等の魔術で散らすことができるが、幻導術はそうはいかない。そして、この男が持つ魔術は、指折りの厄介物だ。リュウは指を弾いた。地面に水が這い、アーケインまで伸びると足元を絡めとろうとする。アーケインが躱して飛び上がったところを、リュウの剣が死角から突き刺した。
(躱すか)
アーケインはそれを未来視していた。あっさりと剣を避け、反撃に黒い雷を至近距離から放った。リュウは水量で対抗した。拳大の水球が飛び出し、電撃を包み込むと、圧縮した。
(威力がない。魔力切れ寸前)
リュウは攻撃を畳みかける。躱されるのを分かっていながら、剣を振るい続ける。アーケインの反撃は続くが、容易に防げるものばかりだ。攻めを重ねるごとに、アーケインの肌には細かい傷が刻まれていく。未来視の精度が落ちているのか、見たものに体が反応できていないのか。
(終わらせる)
指を弾く。水飛沫が上がって、アーケインに纏わりつく。アーケインは未来を視た。
(爆発――っ、逃げ場が……)
ゼロ距離で蒸気爆発が起こる。衝撃から逃げようとした先で、突き刺される未来が見えた。一瞬の躊躇いを逃がす男ではなかった。固まったアーケインを、容赦なくリュウの剣が貫いた。
「ぐ、うっ……」
当面回復できないように、深くまで剣を突き刺した。剣を抜くと同時に、アーケインは倒れこむ。その姿を、上から俯瞰する。
(水が弱点なのも同じだったな)
完全に意識を失ったのを確認し、リュウはやっと玲奈を迎えに行く。
二人の視線が絡み合った。玲奈の体は今にも沸騰しそうな程、ドクドクと温度を上げた。




