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どうやら私は破滅の悪女らしい  作者: りらこ


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206/212

206話

 ルエルとアーケインの戦いを横目に、玲奈は走った。ルエルが教えてくれた、この部屋の右奥にあるものを目指して。


(っ、あれが……!)


 遠目に分かったのは、灰色の靄が煙っていることだけ。魔術がかかっているのだ。近づくほど、玲奈の体の中がビリビリと痺れる感覚が強くなる。玲奈の中を巡る血が、反応しているのだ。靄が隠していたものの姿が、見えてきた。


 古い石が積み上がっていた。石には血脈のような筋が幾本も入っていて、ドクドクと鼓動している。


(これが祭壇……)


 思っていたより、小さかった。そして、その中央に、横たわっているのが、哭剣。


 玲奈は息を止めながら、それに手を伸ばした。


 真後ろの人影に、玲奈は気づけなかった。声がしたのと同時、足に激痛が走った。


「アァッ……!」


 玲奈は膝から崩れ落ちた。ふくらはぎから、血がとめどなく溢れる。


「お前を殺すには、手順を踏む必要がある。直ぐには殺せない……しかし、これで動けないな」


(まずい……)


 冷や汗が止まらないのは、痛みのせいか、失敗したことへの絶望故だろうか。後ろにいた男――ロアンは、剣にべっとりとついた血を軽く払った。


(いつの間に)


 ベルナたちはロアンの足止めに失敗したらしい。玲奈は絶望に目を染めた。玲奈が母から授かった逆廻を発動できる条件は、傷を負ってない事だ。脹脛からはもう、ドバドバと血が流れている。


 それでも、今は賭けるしかない。玲奈は目を瞑って、祈った。


(お願い……!) 


 ――足の痛みが、和らいだ。


 もしかして、時を戻せたのかもしれない。期待して目を空けた。そこに映るのは、変わらず血のついた剣を握る、ロアンの姿だった。


(っ……やっぱり、戻らない……) 


「その顔を見たかった……」


 ロアンが、膝をついた。敬愛する姫に忠誠を誓う、騎士のように恭しく、玲奈の手を取った。


「ずっと、焦がれていた。お前の顔が絶望に染まる瞬間を……ようやく俺は、手に入れた……」 


 玲奈は恐怖に呑まれる中で、痛みが引いていることに気づいた。


(傷が塞がってる……?) 


 血と一緒に母の魔力は流れ出し、時を戻すことはできなかった。しかし、まだ残っていた魔力が、不十分ながら玲奈の体の時間だけ、巻き戻してくれたのだ。


(まだ、何とかなる……!)


 もう、時は戻せない。でも、まだ動ける。そして、ロアンにはバレていない。ここから巻き返しできるチャンスはある。


「この剣で、お前を刺せば……」


 ロアンは祭壇に横たわる哭剣をじっと見た。再び恐怖に身がよだつ。それを押し除けるように、声を張った。


「あなた、お母さんを好きだったんでしょ」

「…………」

「その人の子を守りたいと思わないの」

「守りたい? 笑わせる……」


 ロアンは、自身の剣を玲奈の胸元に一層近づけた。


「思いあがるな……。お前を、メイリの子供だと思ったことなどない。お前は、あの人の命を奪った、滞在人。悪女の血を引いた女……」


 言いながら、眼は憎しみを増していき、終に目じりから涙が流れた。母への想いが詰まった雫だった。そんな感傷に浸っている場合ではないが、玲奈はその涙に、一瞬目を奪われていた。


(この人……)


 二人は見つめ合った。どのくらいの時間だったのか、分からない。玲奈は、指先の一つさえ、動かすことができなかった。



「殿下」


 それを切り裂いたのは、男の声だった。第三者の登場に、玲奈はびくりと跳ね上がる。それは、先ほど一声だけ聞いた、あの不気味な男のものだった。


「随分な姿だな、アーケイン」

「……」


 血に塗れ、今にも倒れそうなアーケインが、足を引きずりながら近づいてくる。


(っ、ルエルは……!)


 戦闘で隆起した壁が目隠しになって、玲奈のところからはルエルの姿は見えなかった。


「状況が変わりました。すぐに、その娘を刺し殺すのです」

「……どういう事だ。止めていたのはお前だろう」

「神殿は壊滅状態です。一方、反政府の手は未だ緩まない。万全を期すには、体を清めて女神の血に極限まで近づけたかった。しかし、そうも言っていられまい。その娘を、いつまで捕えていられるか……」

「俺の軍を舐めているようだな。お前たちの手を借りずとも反乱者の制圧など容易い」

「……殿下」

「しかし、すぐに殺していいというなら、俺には僥倖(ぎょうこう)


 玲奈はたまらず叫んだ。


「クーデターを企んでいるのは神殿よ! 私をその剣で殺したら、女神は滅びるんじゃない、復活する!」

「黙れ」


 ロアンは玲奈の喉を締める。


「その声で、戯言を吐くな……!」

「ぅっ……!」

「殿下! 哭剣で殺さねば!」

「分かっている!」


 ロアンの手が離れ、玲奈はごほごほと咳き込んだ。


「往生際の悪い女だ……。お前などが、メイリの子供な訳がない。お前は悪女の子だ! メイリの血など、お前に、流れていない……!」


 ロアンの剣を持つ手は震え、呼吸が浅くなっていく。玲奈は、その隙を逃がさなかった。ずっと、玲奈を助けてくれた魔術を使った。


 下からの突風に、ロアンは目を瞑った。血だらけのアーケインは、反応が遅れた。もはや、未来視ができる魔力も残っていなかった。玲奈はロアンのひざ下から抜け出すことに成功した。


(剣は取れなかった……!)


 哭剣は祭壇に置かれたままだ。あの剣が無ければ、玲奈の目的は達成できない。しかし、今は逃げるしかない。その先のことなど考えてられない。とにかく、命を繋ぐために走った。


(いやだ、いや、死にたくない……!)


 今までで一番の命の窮地に立って、生への執着をはっきりと感じた。

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