205話
(僕の術が不発に終わった)
アーケインと向かい合うルエルは、息を切らしていた。ルエルの幻導術は、過去の自分を、分身として出現させるもの。分身と、分身が造り出す魔術は、ルエル本人にしか視えない。過去から呼び寄せた分身は、時間停止の術に干渉を受けず、ブリッツを容易く倒した。
それが、アーケインの前では通用しなかった。見えない筈の分身の攻撃を交わした。
最初にルエルは、分身に足場の崩壊を命じた。アーケインのバランスが崩れたところを叩こうとした。だが、穴が開くより早く、アーケインは跳躍して回避した。ルエルは動揺し、背後からの攻撃に気づくのが遅れて傷を負った。
何度目かの攻撃。分身に命じて、電撃を地面に流し、アーケインの足止めを試みた。しかし、アーケインは見えない電撃を的確に躱した。その瞬間を思い出す。
(僕が命令を出そうとした時、既に奴の視線は動いていた)
視線の先は、電撃が流れたところだ。分身がどこに電撃を流すのか、ルエル自身にも分からない。なのに、アーケインは分かったのだ。
(未来視……)
ルエルさえ分からない攻撃を封じたとなれば、それは自然な帰結だ。過去を呼び寄せるルエルの力は、未来を視れるアーケインより下といえる。
(しかし、弱点はある)
アーケインを観察する。完全に無傷ではない。小さな傷がところどころにある。傷の形状から見るに、分身が放った電撃で砕かれた床の石材で、肌を切ったのが自然。その理由を解けば、攻略の鍵になりうる。ルエルは魔術陣を発動した。銀色の光線が円環を作った。
* * *
ベルナとグランが弾かれたという、階段。白い石膏を踏むと、光が視界を覆い尽くした。
(ここが祭壇……?)
四方、白一色だった。とりあえず前方に進んでみる。すぐ近くまで来て、階段があることに気づいた。段差に目を凝らして登っていくと、鮮烈な色が床に散っていて、息を呑んだ。視線を上げると、目を覆いたくなる光景が広がっていた。
「っ、ルエルさん!!」
「……、レナ、来たか……」
「血が……!」
ルエルの黒い外套から、血が滴り落ちていた。足元は、血だまり。何が、と聞こうとして、ルエルの前方に立つ男に気が付いた。
(神官服……)
アーケインは、玲奈を見て、感情のない目を僅かに瞠らせる。静かに、低い声を震わせた。
「ついに……」
アーケインの立つ後方は、白い床が割れて、黒い穴がぱっくりと開いている。戦闘の痕だろうか。
ルエルは体を震わせながら、玲奈に耳打ちする。
「……右の奥だ」
そして、初代が隠した秘宝、血禍の鞘を玲奈に託した。玲奈は頷き、一歩距離を取る。
ルエルは少ない体力の中、またも分身を造り出す。アーケインの未来視がどこまでのものかは、不明。
(賭けだな)
それでも、これまで重ねた攻撃の中から、分析できることはある。
ルエルの分身が、泥沼を生成した。沼の中から、人の手が溶けたような物体が浮かび上がって、アーケインを引きずり込もうとする。アーケインはそれを難なく躱し、ルエルに向かって火球を投げた。ルエルの周りに豪火が燃え上がる。
(レナの方には行かせない)
アーケインの進路を阻むように、分身は氷の壁を形成する。ドドド、と轟音が響いた。壁はアーケインを押しつぶさんと迫るが、アーケインは火を噴いて盾を作り対抗する。やがて氷はゆっくり溶けるが、時間稼ぎにはなった。ルエルも周囲の火を鎮火させる。
剣を抜くと、分身と挟み撃ちでアーケインに飛び掛かった。
カハッ、と血を吐く音が、アーケインの喉から鳴った。
「……貴様」
「ハァ、ハ、ッ……術に奢ったな、アーケイン」
アーケインの未来視は、万能ではない。確証は無かったが、可能性は感じ取っていた。数回の分身の攻撃を重ねるたび、アーケインは軽傷を負っていた。そこから導いた仮説。
視える未来は、限られている。例えば、魔力を含んだ波動、攻撃のみが予測できる。もしくは、追えるのは術者・敵の動作だけ。だから、電撃で飛び散った石の破片は躱せなかった。
そう仮定して、ルエルは数度の攻撃の中で、アーケインの逃げ場の余地を、少しずつ削っていった。そして最後。アーケインが分身の電撃の軌道から逃れようとした時、既に退路はなかった。三方を石の壁に阻まれ、上には分身が、正面はルエル本人の斬撃が迫っていた。アーケインの未来視は、ルエルの攻撃を予測できても、周囲の環境や自分が置かれた状況までは視れなかったのだのだ。
(賭けに勝ったか……)
しかし、ルエルもアーケインと同じくらいボロボロで、満身創痍だった。致命傷こそ避けたが、あちこちから血が噴き出ている。
(レナ……)




