204話
「殿下」
「――ああ。行くぞ」
「アデル殿下の処置は」
「簡単に止血だけしておけ。謀反に変わりはない。後に残っても自業自得だ」
意識を失った弟を横にする。口調とは裏腹に、手つきからは弟を想う優しさが感じられた。しかし、立ち上がった時には、ロアンの瞳はその色を消していた。
* * *
静かに扉を開けて、礼拝堂に入る。玲奈は、久しぶりに一人きりだった。体を震わせずにすんでいるのは、これまでの修羅場のおかげだろうか。扉が閉まると、床に転がるシルエットに気づいて、息を呑んだ。
(この人……)
それは、ルヴァリスへ向かう道中で玲奈とヒコトに立ちはだかった男――ブリッツだった。血を流し、意識がない。玲奈より前に来た、ルエルたちが倒したということか。
考えていると、奥から声がかかった。
「レナ!」
「ベルナ!」
そこに居たのは、ベルナとグランだ。警戒態勢を取っていた二人は、玲奈を認めて力を抜いた。
「良かった、合流できた!」
「ええ、そうね……」
「アデルと一緒じゃないの?」
玲奈は状況を説明した。二人の顔が険しさを増した。合流を喜ぶ暇はないようだ。
「ルエルさんは?」
「この先に。私たちは、進めなかったのよ」
「どういうこと?」
ベルナは奥の階段を指さした。
「この階段を上ろうとした瞬間、体が弾かれるような感覚がした。気づいたら、階段の前に戻された。何度やっても同じ」
「引き離されたってこと……」
「もしくは」
玲奈はグランの声を、久しぶりに聞いた。最初に会ったきり、彼は玲奈と全く関わろうとしなかった。ストレートの黒髪と同じ色の目が、玲奈をじっと見つめた。
「……なんですか?」
「選ばれた者のみが、ここを通れるのだとしたら。お前もその一人である可能性が高いとみる」
「選ばれたもの?」
グランはそれには答えなかった。しかし、玲奈の選択肢は一つだ。ベルナとグランが通れないとしても、行くしかない。奥の階段を見つめ、進もうとするより早く、背後で扉が開いた。
玲奈が振り返るより早く、グランの手元から魔術陣が展開し、橙の光線が玲奈の耳元を通り過ぎる。真っすぐ進んだ光は、反対から放たれた光とぶつかり、爆発した。
熱風を感じるより先に、グランに襟元を引っ掴まれて、後ろに隠される。グランの背の向こう側に、敵の姿はあった。向こうも三人。玲奈は息を呑んだ。ここに、彼がいるということは、足止めを買った男は。
(アデル……!)
「大丈夫、生きている。彼の鼓動が聞こえる」
ベルナが耳飾りを揺らして玲奈に耳打ちした。肩の力が少し抜ける。しかし、危機は今や、玲奈の目の前にあった。
中央に立つ赤髪の男と、目線が合う。その男はてっきり、憎々し気な表情を浮かべていると思ったが、実際は何とも形容しがたい複雑そうな……もっといえば、切なさを顔に浮かべていた。
(……そうか)
玲奈がこれまでロアンと初めて対面した時は、玲奈は視界を隠されていたり、意識を失ったりしていた。玲奈を初めて目にしたロアンは、色んな感情に揺れ動いているように見えた。その感情の理由を、玲奈は既に知っていた。しかし、それに付き合っている時間はない。
煙と火花が段々と落ち着き、足元で燻る。睨み合いを破ったのは、ロアン側の導士だった。
「レナ! 行って!」
言われるより早く、玲奈は背を向けていた。後ろで、戦闘が始まる音がした。ここで玲奈が彼らと戦うことに、意味はない。祭壇へ続く階段に向かい、駆け出した。




