203話
「ここだ」
玲奈とアデルは、次なる追手に足止めされることなく、礼拝堂の入口までたどり着いた。道中、床に伸びている導士たちを幾人も跨いだ。ルエルたちが全部倒してくれたのだ。中に入ろうと扉に手をかけた時、アデルはその手をぴたりと止めた。
「どうしたの?」
小声で問う玲奈には答えず、アデルは立ち止まったまま、外の音に耳を澄ませた。
「クソ、来やがった!」
「え……」
「気配がした、ロアンだ!」
その名前に、玲奈は身を震わせた。アデルがロアンの気配が分かると言っていたのは、本当だったようだ。
「どうしよう!」
「俺がここで足止めする。レナはこのまま中に行け! 進めば祭司たちがいるはずだ!」
「分かった!」
玲奈を先に行かせて、アデルは入口に立ち塞がった。
(裏から来るか)
ロアンの気配を探って、舌打ちをする。表から入ってくればシェルドが足止めしてくれただろうが、ルエルたちが通った神殿の裏から入ってくるルートは、ここまで障害物がない。
(やるしかないって訳ね……)
そう長く待つことは無かった。階段を上がってくる、兄の革靴の音が聞こえた。その姿が見えた。兄は、アデルを捉えて、睨んだ。
「情報が間違ってると思いたかったが」
「それは残念だったな」
アデルが神殿に侵入したということは、正しく伝わっていたようだ。ということは、玲奈がいることも。
「王家の面汚しに成り下がったな」
「王家は操られている。神殿は、破滅の子を利用して王家を滅ぼすつもりだ」
「ああ……お前は昔から密謀を語るのが好きだったな」
ロアンはアデルの言うことに耳を貸すつもりはまるでない。分かっていたことだ。今、二人の間に、対話は意味をなさない。
「しかし、兄としてお前の罪に情状酌量の余地を与えたい。お前はその論を信じ、王家を救うためにそこに立ってるわけだな」
アデルは薄く笑った。
「いいや、王家が滅ぼされようが気にしないさ。俺は信念を貫くためにここにいる」
「信念?」
「隠された真実を、明らかにする」
二人の間に、沈黙が降りた。ロアンはアデルにも届かない程小さく、「馬鹿馬鹿しい」と呟いた。
「お前が俺に勝てると本気で思ってるわけではないだろう」
「やらなきゃ分かんねぇだろ」
言葉とは裏腹に、ロアンの方が力が優れているのは、幼いころから何度も手合わせしているアデルが一番分かっていた。
(ロアンだけならまだしも……)
その後ろに控える、二人の導士に目線を移した。アデルに勝ち目はない。それでも、一秒でも長く、時間を稼がねば。
ロアンが剣を抜く。魔石の魔力が流し込まれて、剣は赤く光る。アデルの剣も同じように、青く輝いた。踏み込んだ靴の乾いた音が、神殿の床をきしませた。
同時に飛び上がった二人の剣がかち合う。金属の澄んだ音がぶつかった。ロアンの剣が斜め上から振り下ろされる。その重さに、アデルは受け止めるだけで精いっぱいだ。跳ね返す力が無く、何とか横に滑り落した。剣からは火花が散った。ロアンは間髪入れずに踏み込んできて、鳩尾めがけて剣を突き入れた。何とか半身で躱して、後ろへ下がった。
アデルが呼吸を整える暇を与えず、ロアンは次の斬撃を放つ。
(くっ……!)
払っても払っても、ロアンの攻撃はやまなかった。アデルの息が荒く乱れて、次の剣を視界に捕らえる。間に合わない、と思考が赤く点滅した。
そして。
「ッ――」
ごぼっと血をこぼして、倒れるアデルの体を、ロアンは床に転がした。
「だから言っただろう。負ける戦いに挑んで、謀反の罪を犯して……何の意味があった。お前の信念とやらは、血に背く程大事なものだったのか」
ロアンの瞳は、呆れと軽蔑の色をしていた。突かれた痛みに肺をヒューヒューと切らせて、アデルは言う。
「やっぱ、俺は兄貴には敵わないんだな……」
「……」
アデルは血をこぼしながら、自嘲の笑みを浮かべた。
(結局、俺は何もできない……いつも中途半端で……)
痛みに、意識が遠のいていく。傷は深いが、魔術をもってすれば、治癒できてしまう程度だと分かる。いっそ、ここで死にたかった。自分は、何をしたかったのだろう。
隠された歴史の真実を探求した日々は、楽しかった。王家に背き地下神殿と通じる日々は、刺激的だった。その背徳感に魅了されていただけだったのか。
記憶の中で、家族は誰も、アデルを見ていなかった。両親は優秀な兄のことばかり。兄はいつも、想い人に夢中だった。
薄く目を開けば、兄の真っ赤な瞳がアデルを見ていた。見られている、と感じたのはいつぶりだっただろうか。
「直に癒符師が来る。精々大人しくしておけ」
(……やっぱりな……)
ここまで真っ向から歯向かっても、結局ロアンは、アデルの兄であることを辞めないのだ。
(そうだ……俺は、兄貴みたいに……)
押し込めていた感情がふわりと浮かんできた。劣等感、嫉妬、羨望、色んなものをひっくるめて、昔から抱えてきた思いの、根っこにあるもの。
アデルはずっと、兄のようになりたかったのだ。




