202話
玲奈たちより一足早く、ルエルたちは、神殿へ入り込んでいた。ルエルたちに気づいた神殿の導士たちが次々に襲い掛かってきたが、ルエルの敵ではなかった。
「レナたちを待ちますか?」
ベルナが問う。
「いや、先に進むのが得策だ。時間が経つほど不利になる。一人でも多く敵を減らす」
「分かりました」
ベルナとグランを従え、礼拝堂の扉を開ける。――瞬間、ルエルの黒い祭服の裾が、揺れた。敵の剣撃は、ルエルに難なく受け止められた。巨体の男は、紺色の髪を揺らして剣に力を込めた。
「っ、あんた……何者だ」
「ああ……、僕はきみのこと知ってるよ。本当に大きいんだね」
攻撃を受け止められると思っていなかったその男――ブリッツは、驚きを隠せない。その隙に、グランとベルナが反撃の手を放つ。ブリッツは回転しながら弾き返した。三人は飛び下がって躱す。
(どうして見切られた。なぜ躱せた? なぜ動けた。国外の導士か? 能力はなんだ)
ブリッツは、ルエルたちが扉を開けた瞬間、時間を止めた。三秒間、時間を止められるのがブリッツの能力だ。その間に剣でルエルの腹を突き刺した――筈が、ルエルは剣を受け止め、防いだ。
「さすがの火力だ。真っ向から戦うのは良くないね」
ルエルは右手を胸の高さまで上げて、ブリッツに掌を向けた。ブリッツは内心、動揺を抑えられてはいなかった。しかし、やるしかない。ここを突破される訳にはいかない。もう一度、時間停止を使った。
世界の色が、消える。暗室に入ったかのように、一面真っ暗。人の輪郭だけが、白く光っている。ブリッツはその白に向かって飛び掛かり、巨体から放たれるエネルギーを、全て剣に注いだ。
「――ぐ、はっ……!」
倒れたのは、ブリッツだった。ルエルは膝をつく巨体を見下ろすと、血がべっとりと付いた剣を鞘に納めた。ブリッツは視界が暗く狭まっていく中、ルエルを見上げた。
「俺の、術を……」
「知っていたけど、そうでなくともきみは僕に勝てなかったよ」
「な……」
「行くぞ」
礼拝堂の奥には、白く陶器のようにつるりとした階段があった。一行は、足をそこに踏み入れる。階段が、淡く輝いた。気づけば、ルエルの後ろにベルナとグランの姿は無かった。
(離されたか……僕が全く対応できないとなれば、恐らく……)
ルエルは上を見上げた。あたり一面、真っ白い壁に囲まれている。天井はあるはずなのに、どこまでも高く続いているように見えた。一点を見つめていると、黒い点が、段々と大きく迫ってきた。
ルエルが両手を突き出した。掌から、青い光が表れて、魔術陣を描いた。陣の中央がとぐろを巻き、キィン――と高音を奏でた。前方からは、黒い光が獣を象り、向かってくる。二つの光は衝突し、爆音が轟いた。
白い空間に、黒煙が舞う。段々と薄くなり開けていく視界の中で、二人の男が向き合っていた。
(やはり……)
ルエルは、向かいの男を認識した。神官服の上に、同じく真っ白い外套を纏っている。長い前髪が、片目を隠していた。髪と同じ、灰色の片目からは、人らしい感情を、何一つ感じなかった。神殿の長、神官長を務める男。
「アーケインだな」
「……」
アーケインは剣を抜いた。会話をする気はないようだった。ルエルのことを知っているのか、はたまた、どうでもいいのか。何を考えているのか、全く掴めない。
(やりにくいな……)
神殿の導士は、そう多くない。地下神殿と同じく、近親交配を重ねてきて、長生きするものは少ない。その中で今代、スラジという大国の軍事力を支えられているのは、この男――アーケインの力が非常に強大だからである。
アーケインの感情の読めない目は、ルエルのすべてを見透かされているようにも、まるで意識されていないようにも思える。ルエルは緊張に、身を強張らせた。




