198話
「そろそろ、帰ってきていい時間なんだけど」
玲奈は数時間眠っていたようだ。起こしてもらい、食事を済ませた。暫く談笑していたが、いつまで経ってもシェルドから連絡が来ない。アデルが、時計を見た。
「連絡は取れないの?」
「こっちからは送ったんだけど、返ってこない」
そわそわする心を抑えるが、時計の針だけが進んでいった。玲奈がまたも眠気に襲われ出したころ、何もなかった壁から突然、バタン! と音を立てて男が飛び出してきた。シェルドだった。酷く憔悴しているように見えた。アデルがそれを認識し、声をかけようとするのを遮り、シェルドが叫んだ。
「アジトが破られた! 祭司より、今すぐレナを連れて城に突入せよと命令だ!」
「え……?」
玲奈は、その意味をすぐには理解できなかった。
「レナ! こっちだ!」
「え、え?」
アデルが玲奈の腕を引き、部屋から飛び出ていく。シェルドは玲奈の後ろにぴったりついて来た。
「どういうこと!?」
「ひとまず後だ。まず俺の馬車で城まで行く。中で状況を共有する」
アデルはこんな状況だというのに、冷静だった。シェルドの方がよっぽど顔色が悪く、焦っていた。突然、バタバタと階段を駆け下りる一行に目を丸くし、一人の男が近寄ってきた。
「どうされたんです、こんな夜更けに。この方たちは」
「城まで行く。馬を引け」
「……殿下」
「頼めるか」
男は、ヤザンと同じ年頃に見えた。体の大きさも、同じくらいだった。彼は、アデルの指示に、一瞬息を呑んだ。アデルが何をしようとしているのか、感じ取ったのかもしれない。しかし、戸惑いはすぐに消えて、低い声でアデルに首肯した。
「勿論です。すぐに準備を」
アデルは頷き、玲奈を庭まで引っ張っていく。馬車に押し込められると、シェルドが続く。アデルは馬車の外で、先ほどの男と話している。恐らく、アデルの護衛なのだろう。自分の部下にも、全てを隠していたアデルが、手の内を見せている。それだけ、切羽詰まった状況。
アデルが乗り込んで、馬車はすぐに走り出した。
「説明してくれ」
シェルドは少し落ち着きを取り戻したようだった。訥々と話しだす。
「向こうに着いたのは一時間半前だ。俺の部屋と繋げたら、直ぐに戻る予定だったが、部屋に入った瞬間、大きな魔力の衝突を感じた。宵議堂まで上がると、大量の兵士と神殿の導士が入り込んでいた。もう、戦闘が始まっていた」
玲奈は何も言えなかった。つい先ほどまでの安全地帯は、もうないのだ。
「アボットが俺に気づいて、状況を話してくれた。アジトが包囲されたのに気づいて、祭司は部隊を二つに分けた。一つは、囮だ。地下神殿で戦い、向こうの戦力を引き付ける。そしてもう一つは、レナと一緒に、城へ突入する」
「囲まれてるのに、外へ出られたの?」
「レナが通ってきた入口は潰されていた。ほかにも、俺たちが知ってるものは、全部」
「……どうして」
「漏らした奴がいたってことさ」
アデルが皮肉気に笑う。
「けど、潰されていない道もあった。祭司の魔力でのみ開く道だ。幹部ですら、存在は知っているが正確な場所は知らなかった」
「でも、内通者は分からないんだろ。城に突っ込むっていっても、計画は筒抜けなんじゃないのか」
「いや、もう特定している」
「どうやって?」
「グランの幻導術だ。あいつは、過去を視ることができる」
「過去を……?」
これには、アデルも驚いていた。グランの能力は、秘匿にされていたようだ。やはりルエルは、アデルを信頼しきっていなかったのだろうか。
「内通者は見張りをつけている。これ以上情報が漏れることはない。幸い、アデルが地下神殿と繋がっていることも喋っていなかった」
「なら、俺が城に入るのは容易いな」
「ルエルたちも今、城に向かってるってこと?」
「ああ。恐らく、俺たちより先に着くはず」
「連絡は取れないのか?」
「恐らく王都一帯に、広域魔力の妨害が施されている」
それでアデルが送っていた連絡も通じなかったわけだ。
「そんな状況で、本当に城に突入するの?」
玲奈は及び腰にならざるを得なかった。
「こうなった以上、機を待つより、先手を取る方がいいとお考えということだ。俺も賛成だ。今より悪くなることはあっても、逆は無いだろう」
「でも、折角サディにも協力取り付けたのに」
「それなら問題ない。襲撃があってすぐ、祭司は第三王子の屋敷に部下を向かわせた。連絡は行ってる。彼が協力する気があるなら、既に挙兵しているはずだ」
「…………」
「レナ、お前の判断で決めろ。怖いなら、着いてこないでいい」
アデルの言葉にシェルドは眉をひそめたが、玲奈をじっと見るにとどめた。
「私――やるよ」
躊躇いは、すぐに振り切った。玲奈の答えに、シェルドはあからさまに安堵し、アデルも頷いた。
「作戦は?」
「大筋はアボットから聞いてる。――レナ。計画は覚えてるな」
「うん」
侵攻計画を聞いたのは、つい昨日のことだ。
「計画通りに行かない点は、祭司が新たな指示を出されてる。時間はないから、一度しか言わないぞ。頭に叩き込め」
玲奈は覚悟を持って、頷いた。




