195話
その後はサディとアデルが二人で話し合いを続けた。一方で、玲奈はもう一人、嬉しい再会を果たした。
「ヤザン!」
「……」
その姿を見て、自然と笑顔になり駆け寄ってしまったが、ヤザンはしかめっ面で直立不動のままだった。
「あ……、やっぱり怒ってる……?」
「……久しぶりだな」
「え、うん」
玲奈は気まずさを感じる。何をどこまで言ったらいいのか分からなく、もごもごしていると、ヤザンはそれを察してくれた。
「先ほど、サディ様に事情は聞いた。お前の立場なら、然るべき行動だったと思う。……ただ、俺に話しても良かったんじゃないかと、そう思ってしまった」
「だって、ヤザンはサディの部下で」
「ああ。だから、言っただろう。お前が何も言わずに行ったのは、正しい」
「表情と台詞が合ってないんだけど……」
怒っているというと少し違うかもしれない。ただ、納得しているような表情ではなかった。後ろにいたシェルドが助け舟を出した。
「レナ、そのご武人は拗ねてらっしゃるんじゃないかな」
「え?」
「自分はレナの信頼を得てると思ってたのに、頼ってくれなくて寂しかったんだよ」
「…………」
ヤザンは反論はしなかった。
「信頼、してたよ。あの場所で、多分サディより、ヤザンを信じてたし、頼ってた」
「でも、言わなかった」
「うん、だから」
「俺はサディ様の部下で、あの方に従う。その通りだ。分かってる」
玲奈は目を丸くした。自分に言い聞かせているような口調は、シェルドの言う通り――拗ねているようにみえる。しかし、それも少しの間のことで、ヤザンは小さく息を吐くと、玲奈と真っすぐ目を合わせた。
「でも……また会えた。お前は生きてるし、元気そうだ。だから、もういいさ」
「……心配してくれてた?」
「まさか、勝手に出て行った恩知らずを気に掛けるほど暇じゃないからな」
それはすぐに嘘だと分かった。玲奈はシェルドと目を合わせて、こっそりと笑った。
「私、ずっとヤザンにお礼を言いたかったの。色々教えてくれて、助けてくれて……本当に、ありがとう」
「それが仕事だ。礼を言われることはしていない」
「ただの仕事なら、レナが何も言わずに出て行っても心配なんてしないんじゃねえの?」
「だから、心配などしていない」
玲奈は今度こそ、声を上げて笑った。
* * *
再会は束の間、サディたちとはすぐに別れることになった。長くアデルの屋敷に留めておけば、ロアンに不信感を持たれかねない。玲奈もアデル以外に姿を見られてはいけないので、長くはここにいられない。
しかし、この屋敷から地下神殿へは真っすぐ帰れる道は今、通っていない。シェルドの能力があれば新たに通路を繋げることはできるが、魔力を多く使うため、神殿が大きな魔力の形跡に勘づく可能性があるという。気づかれないように、少しずつ道を広げるので、いくらか時間がかかるらしい。その間、アデル以外が入ってくる可能性が一番低いという、アデルの寝室に戻ってきた。
「アデルはここに残るの?」
「あいつを呼び出した後だ。兄貴から何か連絡が来るかもしれないし」
「そっか」
アデルは窓から、サディが馬車に乗り込むのを見つめた。玲奈がヤザンと会っている間、兄弟は二人で話していた。
「……仲直りはできた?」
「別に仲違いしてた訳じゃないさ。元々、馬が合わないだけ」
「でも、協力することになったんでしょ?」
「なったけど、だからってすぐ仲良しこよしとはいかないもんよ」
「そう……」
フォローすることもできず、玲奈は口を噤んだ。
「レナはサディのことが好きだったんだ?」
「なっ――」
膝に落としていた目線を上げると、アデルはにんまりと笑っていた。
「シェルドが話したの!?」
「いいや。見ててなんとなく。やっぱそうか」
鎌をかけられたようだ。玲奈は真っ赤になって唸った。アデルはくつくつと笑っている。
「分かりやすいなあ」
「……別に、今はもう好きじゃないし」
「へぇ? 他に好きな奴がいるんだ」
「…………」
「アッハッハ! 顔に出すぎ!」
玲奈の心情は筒抜けのようだった。何も言わずに黙秘を貫く。
「俺の好きなタイプ、教えてあげようか」
「なに、急に」
アデルは窓際から離れて、ソファに座る玲奈の隣に腰を落とした。
「素直な子がいちばん可愛いと思うんだよね」
「ちょっ」
アデルは玲奈の肩に腕を回した。びくりと体が跳ねる。
「恋してる女の子は、特に可愛い」
金色の瞳と、青い髪のコントラストに、一瞬目がくらんだ。顔を少し傾けるだけで、アデルの色香があふれ出ていた。
でも、玲奈の心はすぐに平常に戻っていた。
「離れてよ」
「あら」
ぐいっと体を押しのけると、アデルはつまらなそうな声を出す。
「俺じゃご不満? その男は知らないけど、弟には負けてないだろ」
「さあね。かっこいいだけで好きになるわけじゃないもん」
直近で好きになった二人はどちらもかなりの色男だが、それは口には出さない。
「残念。ほんとにいいと思ったんだけど」
「……嘘くさい」
「ひどいな」
玲奈のじっとりした目線を受けてアデルは情けない声を出すが、それも演技っぽい。
「女の子に本気だと思われた試しがないんだよねえ」
「本気じゃないからじゃ?」
「ちゃんと、それなりにいいなあとは思ってるよ。もちろん、レナのことも」
「……」
「大体、上も下も恋愛にああも本気になれるのが珍しいんだよ。俺には色恋沙汰にあんな情熱は持てないね」
上も下も、というのは、恐らく兄弟のことを指してると文脈で分かった。
(サディがミトラのために動いているのを、知ってるんだ)
そして疑問が浮かぶ。上ということは、ロアンのことだ。しかし、ミトラの話では、ロアンは妻にまるで興味を持たず、側室にかまけている……。
「ロアンには、ミトラ以外に好きな人がいるの?」
「おっと。そうか、彼女と会ってたんだっけ」
アデルは少し考えこんだ。
「……うん、レナは知っておくべきかもな」
「……?」
「兄貴の想い人は、きみのお母さんだよ、レナ」
「え……」
玲奈は、しばし呼吸を忘れた。
「ど……どういうこと。お母さんを……?」
「レナのお母さんは昔、俺たちの魔術の指南をしていてさ」
アデルは、遠い思い出を語り出した。




