194話
必ず、近くにいる。ロアンは殆ど確信を持っていた。三日三晩、兵を動かし続けている。迷宮の中で、巨大な魔力変動が観測されたと、神殿の長である、アーケインが報告を寄こしたのだ。
「あの大きさ、初代の『破滅の子』の魔力に違いありません。それを呼び起こせるのは、同じく破滅の子しか考えられないかと」
「分かった。早急に兵を動かす」
アーケインは頭を下げる。
「一つ聞く」
「ハ」
「女が哭剣を使わずに死ねば、どうなる」
「それはあってはならないことです。哭剣を使わずして息絶えれば、三度、先祖返りが現れます。それはいつになるか、分からない。国家安寧のため、なんとしても今代で儀式が為されなければ」
「では、来年まで処刑を待つというのは覆せないのか。捕えたらすぐに殺した方がいいだろう」
「……絶対ではありませんが、克己の儀式を重ね、先祖返りの体を極限まで女神と近づけるのが最善です」
「それを経ることが、女神の血を完全に滅する道だと?」
アーケインは頷いた。
「……分かった。下がれ」
アーケインは再度低頭して、部屋から出て行った。ロアンは大きく、ため息をつく。椅子から腰を上げると、窓の外を見た。既に日は落ちているが、兵はまだ捜索に駆り出している。
(必ず見つけ出す。そして、生まれてきたことを後悔させてやる)
赤い瞳は、復讐の炎を灯し、その赤を一層色濃くしていた。
* * *
玲奈は、驚き動揺するサディに、これまでのことを順に話した。サディの屋敷から出て、迷宮に行ったこと。胡王国で、暫くの間匿われたこと。ルヴァリスの森から、地下神殿に合流したこと。そこにいた、アデルのことも。
サディはアデルと玲奈が共に行動していることを暫く呑み込めず、長い沈黙を続けた。アデルはソファの背もたれに腕を預け、ため息をつく。
「俺が信じられないようだな」
「……地下神殿など、俺は聞いたことがない」
「そりゃそうだ。俺が一番力をかけ、地下神殿から託されていた仕事が、王族に存在を悟られないようにすることだ。ロアンにすら、だ。お前の調べられるようなところに痕跡がある訳がない」
「俺は反王政派の分子の情報を殆ど掌握している」
「じゃあ、その殆どに入らないほど、俺たちは影響力がないようだな」
「……馬鹿にしてるのか」
「とんでもない。弟が頑張ってるんだから感激してたとこ」
「ちょっと、喧嘩しないでよ」
玲奈は思わず横から入った。アデルは実際対面して話すようになってからは、ちょっと軽いところは感じれど、質問すれば真面目に答えてくれるし、良い人間だった。それがどうしたのか、サディを前にすると嫌味ったらしく喋り出すので戸惑う。
「言わなかった? 仲悪いんだって」
「仲がどうという次元の話じゃない。あんたが俺に何をしてきた? 簡単に信じるとでも思ってるなら随分目出度い頭の造りだな」
(サディまで……)
久々に会えて嬉しいという気持ちはとっくに飛んでしまった。玲奈のことをどう思っているか確認する以前に、アデルに敵対心を持ちすぎて話を進められない。
「レナがいりゃあ、少しは話せるかと思ったんだけど駄目だな。損得勘定ができない奴は大義を為さないぜ」
「…………」
「分かった、アデルは一旦外に出てて! サディと二人にさせて!」
どちらも冷静にはいられないようだったので、玲奈はアデルを立たせた。アデルは特に反抗もせず、大人しく扉を出た。
二人――といっても、シェルドは壁の際にいるが、全く喋らず置物と化してるので、ほぼ二人きりだ。改めて、サディの顔と向き合った。
「……随分、色々あったみたいだね」
「うん。サディ、私まず、謝りたくて。勝手に出て行って、ごめんなさい」
「謝る必要はない。でも、理由は教えてくれるかい? 俺は、あの時のレナが頼れる唯一だった筈だ」
それに納得しなければ、サディの協力を得ることは難しいだろうと悟った。
「ミトラと喋ってるところ、盗み聞きしたの」
「ミトラと? 何を」
「……あなたが、彼女を手に入れたいっていうのと、ばれたら私を見捨てるつもりっていうこと」
サディは暫く黙りこんだ。
「でも、どうやって俺の部屋の……ああ、風呂で体調を悪くしていたのはそういうことか。隠し通路から入ったんだ」
「うん。あの日……シャロフに危険を感じて……直感がして。それで、サディに助けを求めて、お風呂からサディの部屋に逃げ込んだ」
アデルに説明したように、シャロフのことは誤魔化した。サディはそれを信じているのか否か分からないが、突っ込まれはしなかった。
「あの話を聞いた後、サディに助けを求めることができなかった」
「……事情は分かったよ」
サディは大きく息を吐いて、思考の整理をした。
「申し訳なかった」
その謝罪に、玲奈は首を振った。あの時は、裏切られたような痛みや、気持ちを軽んじられて辱めを受けた感覚を抱いたのは事実だ。でも、それで恨むのはお門違いだし、もう過去のことだ。
「いいの。謝らないで。私も、勝手に飛び出して、その先は自分のことしか考えてなかったから」
「……きみがそう言うなら、もう言わないよ」
「あと、勝手に魔石持ち出しちゃって、ごめんなさい。……これ」
玲奈は緑色の魔石をサディに差し出した。
「それはきみにあげたんだ。気にしないで良かったのに」
「でも……」
「いいから、持ってな。まだ役立つよ、きっと」
「……うん。ありがとう」
サディは軽くほほ笑むと、話を戻した。玲奈がその魔石を持って飛び出した、その後の話だ。
「あの時事実、シャロフはロアンに弱みを握られていた。レナが出て行ってから吐いた」
「弱みって?」
「俺の命で城に侵入したのを捕まって、妹が人質にされたんだ。妹は今も、ロアンの監視下にいる」
「……シャロフは牢に入れられてるって」
「ああ。身動きはできないけど、手荒なことはされてない。侵入は俺の命令だったとしっかり証言したからね。刑期は半年、もうすぐ出られるよ」
「……サディはどんな扱いを受けたの」
「妾の子だろうが、腐っても王子だからね。監視はきつくされ、派手な活動はろくにできないけど、家に軟禁されてるだけ。ロアンは俺を尋問し、家も徹底的に調べた。全く関与が無かったとは思ってないだろうけど、レナを匿っていた証拠は出てこなかった」
「侵入の言い訳は?」
「自分に国家の情報が制限されているのが腹立たしく、部下に命じたって言ったよ。嘘じゃないだろ?」
サディは眉をあげた。
「そっか……ヤザンは?」
「一緒に来てるよ。この部屋には俺だけ入れということだったから、別室に控えてる。あとで会えそうなら顔を見せてあげて」
「ほんと?」
玲奈は笑顔になった。ヤザンに会えるのも、サディと同じくらい嬉しい。
「ミトラも無事なの?」
「もちろん。怪しまれず王宮に行ったよ」
「…………」
サディは何気なく言うが、ミトラをロアンのところへ帰らせるのは、辛いはずだ。『帰った』ではなく、『行った』というのが、その反抗の現われのように感じる。
「ねえ、軟禁されてるなら、何で今日来られたの?」
「城へ部下を侵入させた時のことを問質したいこという理由で呼び出されたんだ。ロアンにもそれで話をつけたはず」
(ロアンは、それだけアデルのことは信用してるんだ)
「ここに来るまで、王宮から衛兵もついて来た。それで十分だと思ったんだろうな」
「……サディは、アデルのことは信じられない?」
「……完全には。でも、レナが一緒に行動してる限り、俺の取る選択肢は限られてる。ロアンも活発に動いてる。今は身を潜める時じゃない」
「協力してくれるってこと?」
「俺の計画とはかなりずれちゃったけどね」
サディは苦笑しながらも、頷いた。
「それに、身動きが取りにくい中でも、俺ができる限りのことはしてきた」
「どういうこと?」
「既に、地方貴族は手中のうち。ほかの反政府団体とも、パイプは手に入れた。レナがこちらにいるなら、協力を取り付けられる可能性は高い」
「本当?」
彼らの協力を得られれば、玲奈たちにとっては大きな援軍だ。その準備の時間が、あるかどうか。
「大胆に動けばリスクはあるが、そうも言ってられないな」
そこで、やっとサディの笑みを見られた。




