191話
「恐らく、その暗号には別の意味があるはずだ」
祭壇の棺の前で、ルエルと玲奈は向き合っていた。この前襲われたばかりの場所だ。玲奈の固い表情に、ルエルは苦笑した。
「怖い思いをさせてごめん。でも、ここは初代の記憶を集めた場所だ。何か、取っ掛かりを得られるかもしれない」
「はい」
玲奈が説明したいろは歌と、数字をルエルは紙に記した。二人でのぞき込む。記載されていた数字は、『13・22・35・53・61・35・47・37・11』の九つ。
「いろは歌は全部で四十七文字。だけど、数字は61まで振られてる」
だから、いろは歌を表にした暗号に対応してると考えたのだ。ルエルは暫し考え込み、祭壇の壁面に視線を移した。
「循環の理」
「え?」
「地下神殿に伝わる、封印術の理論だ。大いなる魔力を閉じ込めるには、力を逃がす先を作るんだ。つまり、円環の内を回ることで外へ出られないようにする。血禍の鞘を封印した際に、初代もこれを利用した。女神を封じ込められるほどの魔力を持った品だ。レナが来るまで見つからないようにするには、強力な封印が要る。数字を循環させて、大きな魔力を消し去った」
ルエルは急に早口で喋り出したかと思うと、紙に書き込んでいった。
「47文字目まで行ったら、1番に戻る。これで文字の対応ができる」
「あ、なるほど」
「当てはめると……」
浮かび上がった文字を、ルエルが読み上げた。
「ワラテヘカテスサル……」
玲奈にも、その文字列は理解できた。
「それって、神話に出てくる……」
「ああ。これは神の名前だ。三千人の神々は、誕生した順に数字が振られている。ワラテは8、ヘカテは1216、スサルは2246」
「だから何なんでしょう?」
「言ったろ。封印術は円環させることで強くなる。もう一度、いろは歌に当てはめれば」
玲奈は、浮かんだ文字を追って読み上げた。
「ち、を、た、ら、せ……」
「……そういうことか」
三度、迷宮。記憶に見た樹木の間で、玲奈はベルナからナイフを受け取ると、指の皮を薄く切った。地面にポトリ、と血が落ちた。その瞬間、地面が大きく、ガタガタと揺れ動いた。
「わっ!」
「レナ、こっちに!」
ベルナに捕まり、身の安全を確保する。立ってられないほどに、揺れは強く、地響きが続く。そして終に、地面がパックリと割れた。そこには、お目当ての物が眠っていた。
「あっ!」
「やはり、きみの血がトリガーで正解だったみたいだ」
ルエルは近づくと、地面から血禍の鞘を回収した。初代が残した玲奈へのメッセージは、『血を垂らせ』。ルエルの読み通り、これが血禍の鞘を取り出す暗号の鍵だった。
ルエルは血禍の鞘を見つめ、王都の方角を睨んだ。そして、玲奈に向き直る。
「早く撤収した方がいい」
「え?」
「ベルナ、頼む」
「はい」
ベルナは玲奈を担ぐと、風のように駆け抜けて元の道を戻っていく。
「ぎゃ~~っ!! 怖、こわい!」
「口閉じてないと舌嚙むわよ」
その脅しにひっ、と怯えて縮こまっていると、瞬く間に、地下神殿のアジトへ帰還していた。ようやく降ろされると、足がふらついた。
「大丈夫?」
「ちょっと酔った……何であんなに急いだの?」
「かなり大きな魔力反応が出たからよ。神殿が勘づいたかもしれない」
「っ……神殿が?」
「ここに侵入されるようなことはないから、安心して」
「うん……」
部屋に一人きりになり、大きなため息をついてベッドになだれ込んだ。
(疲れた……)
怒涛の時間を過ごし、やっと一人、落ち着けた。ルエルに襲われ、記憶を見て起きた後、そのまま迷宮に連れて行かれたのだ。
(襲われた時、逆廻が殆ど時間を戻さなかったのは、殺されないと分かってたからなのかな……)
初代の記憶を見るために、玲奈はルエルに追い詰められる必要があったから。時間を戻して逃げ切っていたら、重要な記憶を見ることができず、遺物を手に入れることもできなかった。
そして、改めて思い返す。初代の重要な記憶を。
(ラプラトを消滅させるには、私も……)
その記憶は、ルエルに打ち明けることができていない。ルエルに伝えたのは、血禍の鞘の、一つ目の使い方。玲奈からラプラトの血を抜く方法だ。しかし、それではラプラトは消滅しない。復活が遅れるだけで、また次の兆し子が産まれた時に、歴史は繰り返される。
今世でラプラトを消滅させるには、玲奈も死ぬ必要がある。地下神殿は、女神を完全に消滅させることができると知れば、それを望むはずだ。
(生きたまま核を取り出すには、鞘がないといけないけど、兆し子が死ねば核は現れる)
初代の死体から、核は出現したのだ。玲奈が鞘の記憶を見ないままであれば、殺されていたのではないだろうか。彼は、ラプラトの復活を防ぐためなら、玲奈を殺すことを厭わない。
(死んでくれって言われたら……)
そう懇願される未来が怖くて、玲奈はルエルにその記憶を伝えられなかった。
そして、もう一つ、言えなかったことがある。初代の兆し子の姿。顔も、声も、名前も、玲奈がよく知っているものだった。
(どうして……)
色々な可能性はあったが、玲奈に答えは分からない。ルエルに伝えた方がいいのかもしれない。でも、玲奈に背を向けて去っていった彼を想うと、巻き込むことはできなかった。




