190話
「――――ッッ!!」
「起きたかい」
その声に、玲奈は勢いよく飛びあがった。
(死んで、ない……ここは、地下神殿の部屋……)
玲奈に与えられた一室の、ベッドの上に寝かされていた。殺すつもりだったのではなかったのか。目の前の男――ルエルは、申し訳なさそうに眉を八の字に曲げた。
(どういうつもり)
「怖がらせて申し訳ない。でも、必要なことだったんだ」
「必要?」
「初代の記憶を見ただろう」
「……どういうことですか」
「意識を失う直前、棺に触れていたのは覚えてる?」
覚えているも何も、ルエルによって棺に磔にされたのだ。渋々頷くと、ルエルは続けた。
「あの棺は、初代の兆し子が命を落とした時、近くにあった樹木を切り落として作られている。初代の記憶が封じ込まれているものだ。地下神殿ではその記憶を見ようと、試行錯誤したけど、うまくいかなかった。一番欲しかった記憶が、抜けていた。女神と兆し子の血を断つ秘具のことだ」
「……」
玲奈は、記憶に見た、初代の父親が持つ鞘を思い浮かべた。
「ルヴァリスは核を壊すには、哭剣を使うとしか言わなかったんだろう。それは半分は正しい。が、対となる秘具が無ければ、女神の力を抑えられず、兆し子は呑まれて、禍が起こるんだ」
「…………」
「しかし、それが何なのか、どこに隠したのか、どうやって使うのか。その記憶は、見つからなかった。きっと、敵に見られないようにと、厳重に封じたんだろうね」
「……」
「恐らく、次の兆し子にしか記憶は見ることができないと、我々は結論付けた。そして先日、玲奈と棺を接触させた。けど、あの時玲奈が見たのは、我々が集めた記憶のみだった」
そう言われると、この前祭壇に案内された時も、棺に触るように促されていた。何か他に見たかと聞かれたのも、芋づる式に思い出した。
「だから、最終手段に出た。初代の「遺玉の記憶」を取り出すには、同じ境遇に兆し子を追い込む必要がある――つまり、命の危機を感じてもらうというわけだ」
玲奈はたっぷり考え込んでから、頷いた。ルエルの言うことを、信じたのだ。殺したかったなら、もうそうしているはず。そして事実、玲奈は初代の記憶を見た。
「見たんだろう? 教えてくれるかい?」
「……血禍の鞘というらしいです」
後日。玲奈はルエルたちに連れられて、迷宮に再びやって来ていた。
(また来ることになるとは……)
今度は、頑強な扉はくぐらなかった。地下神殿は、迷宮の内部に続く抜け道を確保していた。迷宮に張り巡らされた禁制魔術の数々は、兆し子の逃走を防ぐべく、クーデター一派が施したものが始まりである。その魔術を利用する形で、後に迷宮が整備され、胡王国との出入りを制限する役割を果たすこととなった。
ここは初代の死場であり、地下神殿が敗北を期した始まりでもあった。ルエルの横髪が風に靡く。千年という遠い昔に、思いを馳せているようだった。
「初代が残した記憶を回収するべく、地下神殿は度々迷宮に訪れた。そして、敵に手掛かりを渡さないように、より強力な魔術をあちこちにかけていった。そして今の迷宮に至る」
ルエルが宙に円を描く。銀色に光る円が現れた。円は脈動しながら、内部に蔦が絡みあうような曲線を伸ばしていき、文様が刻まれた。
「僕と一緒なら、ここに仕掛けられた大抵の魔術は無効にできる」
「へぇ……」
玲奈とルエル。そして、最後尾にベルナが控え、迷宮の中を進んでいく。
「この辺りだと思うんですけど……あ!」
その木を見つけて、駆け寄った。
「この木かい?」
「はい」
木に刻まれた文字を指でなぞる。玲奈は初代の記憶に、覚えがあった。
(この日本語は、初代が私のために残したものだったんだ)
二人にだけ分かる文字を鍵にする。それができたのは、十七年前、玲奈が日本に飛ばされたからだ。そのミッションを初代は、部下たちに託した。しかし、その時も、地下神殿は身を潜めていたはず。
「どうやって、初代と私を同じ国に飛ばしたんですか?」
「そもそも、天穹魔術で人を飛ばせる場所は限られている。初代を飛ばしたのは、一番安全性が高いと考えられている場所。きみの転移先も、僕たちは介入する必要なく、同じ場所に決まった。むしろ頑張ったのは、きみが処刑されるまでの間、牢屋に入れたままにならないようにすること」
「頑張ったっていうのは?」
「アデル――王家の者がこちらにいるのは奇跡ともいえる偶然だ。けど、神殿には密かにパイプを繋げてきた。何百年もかけて」
「アデルの他にもスパイがいるんですね」
会話を続けながら、歩みを進める。一本の木から、もう一対の方へ。
「二本の木の真ん中……この辺りのはず」
記憶では、対の樹木の中央の地面に、血禍の鞘は埋められ、隠されていた。その辺りに立ってみるも、地面の一部が色が変わっているようなこともなく、どこにあるのか分からない。
「初代の記憶に、取り出し方はなかったのかい?」
玲奈は頷いた。記憶に残されたのは、血禍の鞘が粒子に包まれて地面に消えて行ったところが最後だ。
「レナがここに立ったら、出てくるかと思ったけど……まだ足りないようだ。初代が息絶える前に、何か手掛かりを残していなかった?」
「……右腕から光が出て、迷宮に吸い込まれていってました」
そして、樹木に文字が刻まれた。ルエルはふむ、と唸る。
「迷宮で、それ以外に初代からのメッセージは見なかった?」
「地下で、もう一つ日本語を見ました。でもあれは、あそこの罠を抜けるためのヒントで」
「けど、樹木の文字は試練の手助けでもあり、自分の存在を知らせるための、初代の意思でもあった。となれば、地下で見た文字も、重要な意味があると考えるのが自然だ」
「初代は偶然でなく意図的に、フタリメという文字に二つの意味を持たせたんですか?」
「いや。むしろ、刻まれた文字を元に、迷宮が罠を造り出したと考えた方がいい」
「どういうことですか?」
「迷宮の試練は、魔力に呼応して迷宮自身が造り出し、姿を変えている。初代が残したものは、自分の存在を示すメッセージのみだった筈だ。きみを助けたいという思いに、迷宮の魔力が呼応して試練を造り出したんだ」
玲奈は思い出した。ヤザンや、学校の友人との会話を迷宮が再現したこと。リュウたちそっくりの偽物を造り出したこと。迷宮自身が生き物のように変化し、試練を造り出すというのは、納得がいく。ルエルが先を促した。
「地下には何て書いてあったんだ?」
「いろは歌という文字と、数字です。いろは歌を表にして数字を振ると、『張りつけ、熱くない』っていう文章になりました。その通り、タイルに張り付いたまま、火を浴びて試練を突破したんです」
「……確かに、その指示はほかの意味があるようには考えにくいか。でもやってみよう。物は試し」
「はあ」
ルエルに促され、玲奈は地面に張り付いて、這いつくばってみた。何も起こらない。立ち上がって、膝についた砂をはらう。
その後も、辺りを探索してみたが手掛かりを得られないまま、一行は一旦、地下神殿へ戻った。




