189話
送り込まれた地では、孤児の面倒を見てくれる寺院に身を寄せた。貧しいながらも、安全な場所で、向こうの文字も覚えた。隠れて魔術の研鑽を続け、こちらに戻ってきたときに備えた。
だが、実際は、想像より酷かった。光る鏡に吸い込まれて、スラジへ戻ってきたとき、彼は十七歳になっていた。
「ここは……王宮の裏か?」
「いたぞ! 捉えよ!」
「ああ!? おいおい、どうなってんだ!」
この地に降り立った途端に、自分を追う人間がいる。王宮を守る衛兵だ。事情は掴めないが、彼は咄嗟に魔術で身を隠した。彼は非常に優れた導士になっていた。衛兵ぐらいは、すぐに撒けた。
(とにかく捕まったらまずいな。ひとまず家に……)
しかし、身を隠しながら走って辿り着いた彼の生家は、見るも無残な姿になっていた。火が付けられていたのだ。
「クソ……」
絶望しながらも、そこで僅かな光明を見つけた。
「リュウ様!」
「ユリシアか!」
「こちらへ!」
父の部下であった男が、声をかけた。彼を助けるため、近くに身を隠していたのだ。
「状況は」
「リオネラ様は、残念ながら既に……こちらに残った者も、いったん身を隠しています」
「……そうか」
彼の父も、母も、既に殺されていた。戻るときは、安全が確保されたときだという期待を裏切り、彼をスラジへ呼び戻したのは、クーデター一派だったのだ。彼は目を瞑った。堪えたのはひとときで、目を開けた際には、自分のなすべきことだけに集中した。
「例のものは」
「こちらに。リオネラ様から託されています」
父は死の間際、「血禍の鞘」を部下に確りと託していた。彼は、ユリシアからそれを受け取り、大事そうにしまい込んだ。
(良かった。これさえあれば……)
「一度、国外に逃げるしかありません」
「ああ」
彼は、部下たち数名と共に、スラジと胡王国を繋ぐゲートへ向かった。しかし、そこには彼の逃亡を防ぐかのように、数々の罠が張り巡らされていた。足止めを食らっているうちに、ついに追手が彼を見つけた。
「奴だ!」
「捕えよ!」
(ぐっ、魔力がもう……)
何日も魔力を使い続けたせいで、魔術の発動が切れ切れになりつつあった。
(先に、これを)
彼は、父から受け継いだ血禍の鞘を取り出し、自身の魔力で包み込んだ。それは光の粒に包まれて、姿を消した。
「リュウ様」
「お前たちは逃げろ。機会を待て」
「できません! 私も最後まで」
「お前には仕事がある。いいか。いつか、次が産まれる。俺と同じ場所へ逃がせるよう、取り計らえ」
「…………」
「俺の、父さんの意思を継いでくれ……頼む」
「……分かりました」
ユリシアは迫りくる軍勢を見て、悔しそうに歯ぎしりし、頷いた。
視線を、逃げていく部下たちから兵たちに移す。クーデター一派に付いた、馴染みの導士の姿もあった。父を裏切った叔父の姿を、最後に見ることはできなかったのは、心残りではあったが、彼に迷いは無かった。
(どうせ、女神の崩壊と一緒に死ぬつもりだったしな)
彼は思い切りよく、短剣で喉を掻き切り、自害した。ドサッ、と地に足をつく彼を見て、追手の導士たちはどよめいた。
「死なせてはまずい!」
「処置しろ!」
「治癒ができる術者は居ないぞ!」
遠ざかる意識の中、彼は自分が蘇生することのないよう、そして、後世の助けになるよう、最後の魔力を放出した。
(兆し子はまた生まれる……俺ができる、助けを……)
遠い未来で、辛い思いをするだろう子供のことを想って、彼は涙を流した。
「ごめんな……」
彼の右腕から、銀色の光が放たれた。体から抜けて風に乗り、地面に、樹木に、彼の魂が、記憶が降り注いで溶けていった。その記憶に呼応して、二対の樹木には文字が刻まれた。
二本の樹の真ん中。その地面に、光の粒に隠された血禍の鞘が、吸い込まれていった。




