187話
ところ変わって、胡王国――。九垓の元に、ヒコトからの連絡が届いた。
「では、レナとは連絡取れず終い、か」
「申し訳ありません」
「いや、あの森には強い結界が張られているのは知っていた。他国の魔力が入っていたら、弾かれても不思議じゃない」
「……いかがいたしますか」
九垓は唸った。玲奈の命――ひいては、妻の腹の中の胎児が、無事に生まれてくることは悲願である。
(リュウは戦地へ行かせた。王都の砦に、ヒコトは早く国に戻したいところだが)
「彼女がルヴァリスに長く滞在してくれていれば、私としては一番だが……そうも行かないだろうな。レナは帰りたがっている」
「もう少し、情報を探ってみます」
「ああ。私もスラジの伝手を当たろう」
ヒコトとの通信を切って、一息つく暇もなく、今度は把南が部屋に入ってきた。
「陛下、鎮圧部隊から吉報が」
「……早いな」
それは、久しぶりの、良い知らせだった。
数日後、兵たちが手土産を抱えて、王都に帰還していた。その中心人物を、九垓はもろ手を挙げて歓迎した。
「リュウ! よくやった!」
「陛下」
「これで懸案はひとつ片付いた」
九垓を悩ませていた、典中礼の反乱軍を、ようやく鎮圧した。反乱軍の要、昂晋を圧するには、リュウの本来の力が不可欠だった。
「昂晋は手強かったか」
「聞いていた程ではなかったですよ」
「ほう」
九垓は、リュウの様子を観察する。
(封印を解いた反動が出るかと心配したが、問題なさそうだな)
「記憶は落ち着いたか」
「はい。最初はいくらか混乱しましたが、もう大丈夫です」
「そうか――私に、言いたいことがあるようだな」
リュウの瞳は、強い意志の炎を灯していた。
* * *
玲奈を迎え入れた地下神殿では、宵議堂にて幹部たちの会議が開かれていた。ルエルが、口火を切った。
「彼女の様子は」
「少し、ここの生活に戸惑っているかと。今はアデルが見ています」
「彼もそろそろ城に戻る頃だろう」
アデルは地下神殿に月に一度のペースでやって来るが、滞在は三日が限度だ。女遊びに耽っていると思われ、特段怪しまれてはないらしいが、いつ懐疑の目が向けられるかは分からない。
「国内の状況は」
「扇動は上手くいっています。「破滅の子」は逃げ延びて、王都陥落を企て、潜伏しているという噂が蔓延り、灯地の守の元には一層の民が集まっています」
応えたのは、グランだ。灯地の守。反政府の、市民団体の名称だ。地下神殿は彼らを利用し、国内の反王家の機運を高めていた。
「冥教団との接触は」
「友好的な様子を見せてますよ。ただ、私に言わせれば、あの連中はあまり信用しすぎない方がいいかと思いますがね」
シェルドが言う。ルエルはコツコツと指を机に叩いて、考えた。
「どんな連中も、使い方次第だよ。距離を取りすぎては、何も始まらない。交渉には僕も行こう」
「あとは、貴族ですか」
「そこに近づくには、第三王子殿下の協力が不可欠だ。……レナから情報は?」
「はい。やはり、転移して暫くは、彼のもとに匿われていたそうです」
ベルナは玲奈から聞いたことを伝えた。
「であれば、レナから接触を図るのが一番か」
「はい」
兄弟仲が良くないことは知れ渡っている。サディとの橋渡しは本来、アデルでも十分なはずだ。しかしアデルは、自分だけでサディにアプローチしても、信頼されないと口にしていた。アデルは玲奈が来るのを待っていたのだ。
「祭司」
アボットが深みのある声で問うた。
「遺玉の記憶については」
「彼女が祭壇に触れただけでは、手掛かりは得られなかった。ルヴァリスの情報も、不十分だ」
「ならば……」
「……ああ」
ルエルは深く息を吐いた。
「決行する」
* * *
玲奈は、アデルからその話を聞いた。地下神殿が、サディと協力を取り付けるべく、動き出すということを。
「サディに会えるの?」
「随分嬉しそうだな」
「だって!」
勝手に出て行ってしまった。あの時は、攫われる危機がすぐ迫っていたため、ゆっくり考える暇もなかった。サディの言葉に傷ついたのは事実だが、そんなことは小さく思えるほど、彼には大きな恩がある。謝りたいこともあるし、単純に会いたい、と思う。
(リュウを好きになったからそう思えるのかもだけど)
現金だなと思うが、嬉しい気持ちが一番だ。そして、サディと同じくらい、ヤザンにも会いたいと思った。
しかし、懸念点もある。
「サディが私を助けたのは、国を滅ぼす力があると信じてたからなの。自分が王になるために利用しようとした。だから、真実を知って協力してくれるかは分からない」
「あいつの欲しいものは知ってるよ。女だろ。何とでもなるさ」
アデルは事もなげに言い放った。
「でも」
「神殿が丸ごとぶっ潰れるような事態になりゃ、自然と王政も大混乱だ。神殿の企みを防いだ恩賞に、ロアンに妻を差し出させるくらいは通るさ」
「そんなことできるの?」
「任せときなって。兄貴にとっては大したことじゃないし。勝手にしろって言って、気にも留めないさ」
アデルが自信たっぷりなので、玲奈はとりあえず頷いた。そして、他にも懸念はあった。
「シャロフはまだ、サディに仕えてるのかな……」
「……何か懸念が?」
「うん。彼が……」
ロアンと繋がっている、と言おうとして、思いとどまる。逆廻のことは、アデルは勿論、地下神殿の誰も知らないのだ。
「あいつが?」
「あ、いや……」
もごもごする玲奈を、アデルは面白そうに見た。何でもない、と誤魔化すが、新たな懸念が噴き出した。
(そうだ、サディのところで今もスパイ活動しているなら、サディに近づくのは危険……)
しかし、地方貴族勢力を取り込むのに、サディの存在は不可欠だという。
(むしろ、サディにシャロフのことを伝えて、警告するべきか)
「私の、直感でしかないんだけど」
「ん?」
「シャロフが信頼できないの。どうも、サディを裏切ってる気がして」
「へぇ? 兆し子にはそういう能力が備わってんのかな」
アデルは面白がっている。
「でも、その件ならもう片は付いてる」
「え?」
「王家の一部しか知らない極秘情報だが、サディの護衛は王城への侵入罪で牢に入ってる。サディも嫌疑をかけられ、軟禁状態だ」
玲奈は息を呑んだ。
「じゃあ……接触ってどうやって?」
「あいつ自身は動けないけど、俺は仮にも王族よ? 適当な理由つけて会えるよ」
アデルはウィンクしてみせた。




