184話
「さて、では本題に入ろうか。こっち」
ルエルは玲奈を手招く。アデルは手を振ったので、付いてこないようだ。奥へ進むと再び階段を下っていく。ひんやりとした冷気が体を纏った。空気が澄んでいる。森林の中にいるような心地だ。
「ここは……」
「この先は、祭壇。地下神殿の真髄」
「祭壇……何をするところですか?」
「儀式だ」
「儀式?」
ルエルは足を止めた。そこには、白い空洞がぽかりと広がっていた。洞窟のように閉じられた空間だが、ゴツゴツとした突起はなく、陶器のように、滑らかだった。真ん中に、太い黒曜石の柱が、一本立っていた。柱の周囲を、棺が円形に囲み、立てかけられている。棺の中央には水晶板が埋め込まれている。棺は、まるで呼吸するかのように、コオォ、と音を発し、光を脈立たせていた。
「これが、祭壇?」
「そう。ここで、僕は断史紀の記憶を集めている」
アデルも言っていた、断史紀。一体、何だというのか。
「スラジに隠された歴史がある。それは私にも、関係がある」
「その通り」
ルエルは玲奈に手を差し伸べた。恐る恐る、その手を取る。ルエルは玲奈の手を引っ張り、棺の水晶に触れさせた。玲奈は、自分が棺に吸い込まれるような感覚に陥った。
* * *
遠い昔。破滅の大悪女、ラプラトが、滅んだ。ラプラトによってこの地上は大きな被害を受けていた。ラプラトの魔力のせいで、土地は荒れ、穀物は乏しく、人々は僅かな食糧を奪い合い、争った。それを統治したのは、ラプラトの血を引いた人間だった。スラジの初代王、デルメイである。魔術は使えなかったが、神の血の影響で強靭な肉体を持っていた。デルメイの一族は力を依り代に早急に統治体制を整えた。
一方。同じころ、デルメイが統治していた地帯と、川を挟んだ向こう側に、特に貧しい一帯があった。そこは、ラプラトが力の限り暴れまわった中心部で、土地は枯れ切っていた。そこに住んでいた一際貧しい一族は、やせ細り、死に瀕していた。空腹に耐えられず、地面に散らばっていた、ぎらぎらと輝く、石の欠片を呑み込んだ。それは、ラプラトの鱗だった。体内にラプラトの力を入れて、死に絶えた者もいたが、生き残った者たちもいた。彼らは体内に魔力を宿し、神の力を使えるようになった。超人的な力を、ほかの者たちは疎み、差別し、迫害するようになった。悪女の力に目がくらんだ愚か者だと、蔑んだ。
そこに近づいたのが、初代王デルメイだった。王国の統治のため、力を貸してほしいと言った。その代わりに、民たちに一族の迫害を辞めさせ、特別な地位を保証すると言った。スラジ王国は、彼らを『導士』として迎え入れ、拠点である神殿を授け、その強力な魔力を手に入れた。
デルメイの建国から五百年が経った。スラジは王家と神殿の協力体制の元、大国へと成長していた。
ある夜、神殿の長の元に、思わぬ来訪者が訪れた。貴類である。空想上の生き物と思われていた貴類は、実在したことが知られた。彼らは、導士に忠告をした。『破滅の大悪女・ラプラトが蘇る』と。
「蘇る? どういうことだ」
「お前の子供は、大母の血を濃く引いた。その血が魂と合わさることを避けよ」
スラジ建国以来の宝物である、哭剣。それには、ラプラトの魂が宿っているという言い伝えがあった。その剣に、ラプラトの先祖返りである、「兆し子」の血が合わされば、ラプラトは復活し、地上を破滅に導く。それが、貴類の宣告であった。
神殿の長は、一族の者たちに貴類からの宣告を共有した。
「哭剣は王家が厳重に保管している。我が息子――兆し子を保護していれば、大きな問題にはならないだろう」
「ええ。王家にもお伝えしなければ」
「うむ」
長はそう答えたが、待ったをかけたものがいた。
「国家の安寧を揺るがす、重要な情報だ。話を広めるのは、慎重を期すべきだろう」
長の補佐を務めていた、弟だった。長は疑問に思わず、頷いた。しかし弟は常々、野望を抱いていた。
(我々は、王家より強い力を持っている。なのに、何故王家の下に付き、後塵を拝しているのか)
この考えは、弟のみならず、神殿の導士たちに、沸々と浸透しつつあった。五百年の間に、神殿はすっかり、権力を失っていたのだ。建国当初は、対等にも近かった王家との関係は、今や王政に神殿が口を出すことは、全くできなかった。言われるがままに魔石を作っては、王家の軍隊に提供していた。自分たちも前線に立ち、戦力として国家に尽くす。王家に、道具のように扱われていたのだ。
また、市民からの評判も良いとは言えなかった。表立って差別されることは無くなったものの、相変わらず、大悪女の力を宿した、卑しい者たちだとみられていた。
弟は、全てが我慢ならなかった。自分たち導士は誰よりも優れ、頂点に立つ力を持っている。なのに、何故こんなにも惨めな思いをしなければならないのか。
貴類の宣告を聞いて、弟はクーデターを決意した。導士こそが至高であり、尊ばれる世界を作ると決めた。そして、着々と準備をしていった。兆し子を哭剣で殺して、ラプラトを復活させる。そして、王家が滅んだ後に、導士が主導する新しい国家を作る。
宣告から、三年後。
弟が中心となるクーデター一派は、兆し子を殺すために誘拐を企てた。何とか阻止した長であったが、息子の身を案じ、異界へ、一時その身を逃がすことに決めた。
――しかし、兆し子が再びこの地へ戻ってきたとき、既に神殿は、クーデター一派に乗っ取られていた。
クーデター一派に襲われた兆し子は、ラプラトを復活させるくらいならばと、自害を選んだ。ラプラトの復活は、免れた。しかし神殿は力を蓄え、次の機会を今もなお、狙っている。




