182話
「どうやって行くの?」
「魔具を持たされてる。これだよ。曲回廊」
アデルはくすんだ金色のコンパスを取り出した。古びていて、汚れが目立つ。蓋を開けると、そこにはコンパス針はなく、代わりに銀色のリングが浮きながら、回転していた。
「これが?」
「そ。導士の魔力にしか反応しない。既に流し込んでもらってるから、あとは発動させるだけだ」
そう言うと、アデルはリングを指で弾いた。キィン、と甲高い音が鳴り響き、リングから銀色に輝く、光の糸が飛び出てきた。
「うわっ、なに」
「この糸が、通路の向こう岸まで伸びる」
一分もしない内に、光の糸はチカチカと点滅しだした。
「向こうに着いた。さ、おいで」
「わ」
アデルに腰をとられた。
(ちょっと、距離近っ)
青いさらりとした長髪が、玲奈の顔にかかってくすぐったく、首をすくめた。ぎゅ、と腰を引き寄せられた瞬間、玲奈の体は強い向かい風の中にいた。
「ひゃぁっ!? なにっ」
服が強風にあおられる。ビョオオ、と風が切る音が鼓膜に響いて、目を開けているのも辛くなってきた。
「曲回廊の糸が巻き取られてるんだよ。糸の上に乗った人間は、一緒に運んでくれる仕組み」
(い、糸の上? 巻き取られてる?)
恐る恐る足元を見れば、確かにさっき見た光の糸のようなものの上に玲奈は乗っていた。
(あんなに細い糸だったのに)
玲奈が縮んだのだろうか。糸が大きく伸びたのだろうか。
「あとちょっとだ」
たっぷり十分、強風の中を進むと、やがて風は納まった。足ががくがくと震えていたのを見て、アデルは手を差し伸べたが、玲奈は「大丈夫」と断った。
「こっからは歩くよ。あと一時間くらいはかかる。曲がり道は、糸が伸びないんだ」
「……今ので、どのくらいの距離を進んだの?」
「ざっと三千kmくらい」
「三千っ!?」
そんな距離を進んだようには思えなかったが、これが魔具の力なのか。
「その道具、凄い強力なんじゃないの」
「大正解。これは地下神殿が断史紀から保有している、占有魔具の一つ。地下神殿の導士の魔力でのみ発動するもの」
「断史紀って?」
「俺が求めている、この国が隠している真実の時代のことだよ」
「……あなたが知ってること、詳しく教えて」
「勿論。拠点についたらゆっくりと」
それはきっと、ルノーが言っていた、スラジの政治闘争の歴史。玲奈の宣告が捻じ曲げられた経緯、誰が仕組んだのか、何が目的なのか。全てが分かる鍵だ。
* * *
「おいで」
通路の行き止まりは、急な傾斜だった。言うや否や、アデルは再び玲奈の腰を掬って上った。最初に処刑場で話しかけられた際の軽薄な物言いは、演技が入っていたのかもしれないが、女たらしなのは本性であるようだ。
(女遊びに耽ってたとか言ってたな)
じとりとした視線を受けても、アデルは「ん?」と爽やかな笑みで躱すだけだった。
大きな扉が現れる。ルヴァリスの森から入ったときのものと、同じ形だった。アデルが魔石を取り出して、扉に翳した。扉がゆっくりと開き出す。
(……石像?)
開いた先、玲奈の目に一番に飛び込んだのは、貴類を象った、巨大な石像だった。目の部分には、宝石が埋め込まれていた。あれは、魔石なのだろうか。
「こっち」
扉を越えて、一線を踏み越えた瞬間。玲奈は空気が変わったのを感じた。じめっとしていて、不快感がある。そして、お香のような、焦げた木肌と仄かに甘い匂いが漂っていた。通路の両端に、石灯が吊るされていて、人工的で、不気味な青白い光を放っていた。少し歩くと、前方に、鎖が巻き付けられている石柱が立ち並ぶのが目に入った。
「ここが拠点の入口だ。開けてもらわないと」
アデルは回路石を取り出して魔力を込めた。数秒待つと、鎖がガチャガチャと独りでに動き、柱から解放されていく。鎖が取れると、柱がゴトゴト、と重そうな音をきしませて左右に開かれていった。人が通れる大きさまで柱が動くと、アデルは玲奈を伴い、中へ入っていった。




