180話
時が戻って、玲奈が気づいた時には、既にギギギ、と扉が開き始めていた。
「っ!」
(そんな、こんな直前にっ……)
慌てふためいている内に、扉は開いた。
「やぁ! 初めまして。きみが『破滅の子』かぁ。なんだ、普通にかわいい女の子じゃん」
「っ…………」
青褪め、後ずさる玲奈に、相手は不思議そうな顔をした。
「何か不安がってる? 俺はきみを迎えに来たんだ。安心してよ」
「安心……?」
「そっちにいた守り人から、話は聞いてないのかな? 地下神殿に、きみを迎え入れるため、ここまで来たんだ」
「……あなたは、誰ですか」
「俺はイゼル。地下神殿の使いっ走りだよ」
そう答えた、イゼルと名乗る人物。金の目。青く長い髪を、後ろでゆるく束ねている。玲奈が、この地に呼び出されてすぐに顔を見た人物の一人に間違いなかった。
(アデル……)
スラジ王国第二王子、アデル。玲奈を死刑にしたがっている王族の一人だ。
(なんでここに……地下神殿の人間だって?)
地下神殿は、玲奈を手助けし、王族を滅ぼそうとしている組織。そこに、王族張本人がいる訳がない。
(地下神殿は既に、王族に掌握されてるの……?)
玲奈を油断させてスラジまで連れて行き、そのまま牢獄へ突っ込もうという思惑だろうか。であれば、玲奈はこのまま付いて行くわけにはいかない。
(どうやって逃げる……)
逆廻で戻れたのは、扉が開く寸前だった。
(次は戻った瞬間、ダッシュして逃げて、身を隠す)
思い出したのは、迷宮で魔石を取り上げられ、襲われた時のこと。あの時は、何度戻しても、逃げられる十分な時間は与えられなかった。逆廻の力は、玲奈の思う時点へ戻してくれるわけではないのだ。
「あなた一人ですか」
「そ! 俺がきみのお迎え役。よろしく、レナちゃん」
「……はい」
(名前を知られてる。王家は名前を知らないはず……お母さんは、名付けることは許されなかったと言っていた)
ルノーが地下神殿に教えた情報を、アデルが握っている。
(やっぱり、組織に入り込んでるってこと?)
「どうやって地下神殿まで行くんですか」
「魔具を使えばすぐだ」
アデルは懐から魔石を取り出して、地面に叩きつける。
(王子なら当然、この人も一級魔石を持ってる……)
魔術の応酬で勝てる見込みはほぼない。
「ほら、おいで」
差し伸べられた手を見て、玲奈は目を瞑った。
* * *
逆廻を発動するのは何度目なんだろうか。数えていないが、もう、戻る時の感覚は慣れ親しんだものだった。意識が現時点に着地すると同時に、玲奈は魔石を割って、走り出す。
(とりあえず、一回全力で逃げる!)
背後で、扉が開く音がする。このあたりに、玲奈を隠してくれる障害物はなかった。後ろの方で、アデルが驚く声がした。そして、追ってくる足音。
「ちょっと、何で逃げてんの! 待ちなって!」
全力の躯術を発揮して走っているが、向こうのほうが速い。段々と、近づいてくる音が大きくなる。そして――。
「きゃっ!」
「捕まえた。ハァ、久々に全力で走ったな」
胴体をがっちりとホールドされている。腕に魔力をこめて手を剝がそうとするが、全く敵わなかった。
「こらこら、大人しくしてよ、もう」
「っ……」
「その反応……俺が誰だか、知ってそうだね」
アデルはふむ、と考え込んだ。
「なら、最初にしっかり自己紹介して、俺がここにいる理由も説明するよ。いったん、警戒解いてくれない?」
「理由?」
「そ。もう知ってそうだけど、改めて、俺はスラジ王国第二王子のアデル。初めまして」
「なんで、王子がここにいるの。地下神殿の人間が来るはず」
「そりゃあ、きみが警戒するのは無理もないね。きみを追っているのは俺たち王家なんだから」
「……分かった。聞くから、手離してくれる?」
「んー……また逃げちゃいそうだから、このまま聞いて?」
玲奈の背後で、アデルが微笑んだ気配がした。玲奈は諦めて、力を抜いた。するとアデルも、拘束はそのままだが、少し力を緩めてくれた。座るように促され、その場に腰を下ろす。後ろから長い腕が覆いかぶさり、まるで抱きしめられているような体勢になった。
「ちょっと、近いんだけど」
「逃げられたくないからね。きみに逃げられたら、俺の野望が遠ざかる」
「……野望?」
「そう……俺は、真実の歴史を知るために、血を裏切っている」
アデルは語り出した。




