178話
聞きたいことは、まだあった。
「私、かみなりからお母さんの魔力を感じたんです。どういうことですか」
『大母は蘇るために、きみの母親へ自分の血を潜ませたのだ。胎の子にその血が流れるように。我々にも、それにも同じ力が流れる』
「お母さんは、強力な禁制魔術を使えた。それって、ラプラトの魔力が影響したから……?」
『如何にも。大母が蘇るために分けた血が、思わぬ余効となった』
母から授かった魔力。強い魔術。それは、ラプラトの力だったのか。複雑な感情もあるが、玲奈はこれを有効活用するしかあるまい。玲奈は、帰るためにどうしたらいいのか。貴類の助言が欲しい。
「私、元の世界に戻りたいんです。スラジだけじゃなく、胡王もそれができると言っていました。でも、一度戻れても、また次の聖蹟の日にこの世界に戻されたら、今度こそ殺されて」
『その知識は十分でない』
貴類は玲奈を遮った。
『十月に一度の周期で転移が叶うのは、一方向の話。逆流させるには、相応の命力の蓄えが必要となる』
命力ってなんだっけ、と思って、迷宮でリュウがそんなことを言っていたと思い至る。しかし、貴類の言ってることはピンと来ていない。
『命力はこの星から外向きに連なる。それを利用し、小さな力で異間移行が叶う。よって、咎人を追放するのによく利用されてきた。送った者を呼び戻すには、命力を逆流させる。十年を待つ』
つまり、違う世界を行き来するといっても、こちらから向こうに行くのと、その逆では必要なエネルギー量が違うということ。それは、九垓も、スラジの王族も知らなかった事実である。
「……今から戻ったら、十年はこっちに戻されないってことですか」
貴類は顎を軽く引いたように見えた。
(十年は、安寧な生活が……帰りたい……でも、十年後にはまたスラジに戻されて、死刑……)
「十年後は母の時を戻す力は残っているでしょうか?」
『確証を持つ答えは出せない』
「…………」
逆廻を使えるなら、あるいはと考えた。今度は、知識がある。でも、その力が無いとしたらそれはリスクが高すぎる。ここで死ぬよりは、家族たちの元で過ごしたい。でも、十年後の死を覚悟するには、玲奈は若すぎる。途方に暮れて、貴類に尋ねた。
「私、これからどうすれば」
貴類は宣告、つまり、未来を予言する力があるのだ。玲奈の未来も、助言してほしい。そう思って縋った言葉は、しかし、返答がなかった。
『また会おう』
「え、あ、ちょっと!」
手足に纏っていた粒子が、全身に広がって、貴類は、姿を消してしまった。
「行っちゃった……」
「ナ~」
「かみなりは、喋れないの?」
「ンッ」
「そっかぁ」
そして、この森を離れたら、再度、かみなりとはお別れになる。迷宮のように、導士の力が満ちる場所に、現れるという。
「その時は、助けてね」
「ンナァ~~」
任せろ、というように、顎をあげて、一鳴きすると、玲奈の手からすとんと落ちる。そして、地面に滑り込むように姿を消してしまった。
「あ、もう行っちゃった……」
見送る暇もなかった。貴類との会話を反芻しながら、森を戻る。ルノーの姿が見えた。
「待っててくれたの?」
「そりゃあ、な」
「ふふ、ありがとう」
「で? ちゃんと話せたか」
「うん。色々教えてもらったよ」
ここでやるべきことは、済んだ。ルノーとの別れが、迫っていた。




