171話
「まず、知ってることは?」
「……私は、破滅の大悪女、ラプラトの先祖返り。スラジを滅ぼすという宣告がされた。ラプラトは、スラジの王家と、貴類の先祖にあたる……このくらい」
「ラプラトがどうやって死んだかは?」
「神話の? 父親に騙されて、母親にナイフで刺されて……」
「そう、ナイフで殺された。そして両親へ返り血の呪いをかけ、二人とも道連れにした」
それもサディに聞いた話だ。玲奈は頷いた。
「その時のナイフが、スラジ王家に伝わる哭剣だ」
「えっ!? 実在してるの!?」
「ああ。父母が息絶えた後、ラプラトの兄姉がそれを初代王に与えた。哭剣はラプラトを滅ぼしたスラジ建国の証として、王家が継承し、管理している。それであんたを処刑して国家の安寧を図ろうっていうのが、宣告で導士が伝えた内容」
建国神話は事実であると、サディが確かに言っていた。千五百年前の剣。
(それで私を……)
「けど、それは真の宣告じゃない」
「え?」
「貴類の宣告は、ねじ曲げられた」
玲奈は、息を呑んだ。そして、九垓の言葉を思い出した。
(スラジは宣告を曲げる余地があるって言ってた……私の宣告も、そうだってこと……!)
「私は、破滅の子ではなかったってこと?」
玲奈は期待を込めて尋ねた。しかし、ルノーは無情な言葉を返す。
「いや、そうじゃない。あんたは間違いなく、ラプラトの先祖返り、その血にラプラトが眠る、破滅の子だ」
「……なら、ねじ曲げられたって何が」
「死刑判決だ。あんたを死刑にすることは、国の安寧になんかならない。むしろ、スラジを破滅に導く愚行だ」
「私が死刑になったら……スラジは破滅する?」
「そ」
ルノーは、ベッドに乗り上げると、玲奈の肩を優しく包んだ。
「ひえっ! な、なにっ」
「真実を見せてやるよ」
「ぇ……?」
ルノーが、額を玲奈のそれと合わせた。ぎゅ、と目を瞑ると、玲奈の意識はすぅっと遠くへ導かれて行った。
* * *
「おのれ……! この恨み、この苦しみ……! 必ずや、ぁあっああ……!」
赤い血に塗れ、悶え苦しむ女。胸元に刺さった剣を、ギリギリと握りしめた。掌から、赤い光が産まれて剣の刃先へ吸い込まれていき、どす黒く色を変えた。
また、景色が変わった。
獣が何頭か、膝を突き合わせていた。獅子の体に、大きな翼を生やしたもの。馬の上半身と、蛇の下半身をくっつけたもの。象に亀の甲羅をもったもの。
「また、生まれてくる」
「血を分けねば」
「大母の魂と合わされば」
「よくない」
「禍が」
「ふむ……よくない……」
獣たちは、口を動かしてはいなかった。でも、どこからか、言葉が聞こえてきた。どれもしゃがれていて、酷くゆっくり喋る。物々しい響きだった。
「身が立つまで、外へ」
「ああ」
「時が満ちば、台にて断血す」
「ああ」
話は終わったようだ。奇妙な動物たちは、輪から離れて、散り散りになっていった。
ぐるぐると暗闇を廻った。逆廻の感覚と似ているような――。
「あ……?」
「気づいたな?」
ルノーが、相変わらず至近距離で玲奈を覗き込んでいた。
「今のって」
「貴類の記憶だよ。内容は理解できたか?」
「あんまり……」
「頭はそんな良くなさそうだな」
(この人……性格悪……)
うっすらと口調荒いな、と思っていたが、段々と本性が見えてきた。ちょこちょこ呼ばれる、『レナちゃん』という呼び方も、どこか馬鹿にした響きを含んでいる。玲奈のじっとりした目線を無視すると、ルノーは腰を上げて、玲奈の足元に座り直した。
「最初の血塗れの女は、ラプラト?」
「そうだ。破滅の大悪女が、哭剣で刺されたところ」
「その後のキメラが、貴類だね……でも、何を話してたのか、全然分かんなかった」
「意味は理解できなくとも、言葉の響きは聞き取れたか?」
「あ、うん。一応分かったよ」
「やっぱりか。導士の素質があったのか、破滅の子故か……どっちだろうな」
そういえば、貴類の言葉は導士しか分からないのだった。そして、導士の子供であろうと、必ず導士になれるわけではない。しかし、今はそれより、内容を知りたい。
「貴類が話していたのは、レナちゃんのことだよ」
「生まれてくるって言ってた」
「そう」
「その後の、血を分けるって?」
「そう……それが、一番大事なとこ」
ルノーは、声のトーンを落とした。
「貴類の本来の宣告は、レナちゃんの血に流れる、ラプラトの血を取り除くこと。ラプラトの魂と血が合わされば、禍が起きる……それを食い止めようとした宣告だった」
ルノーはこれがとても重要なことであるという風に言った。しかし、玲奈はすぐに解釈できなかった。
「ラプラトの魂と血が合わさるってどういうこと?」
「ラプラトが哭剣に魂を入れた瞬間を、見たろ」
最初に見せられたのは、哭剣が女の血を吸っていくところ。
「あの剣に、ラプラトの魂が入ってる?」
「そう。ラプラトは死の直前、哭剣に自身の魂を入れた。血は乾いたが、魂はそのままだ。それは王家に今も伝わり、レナちゃんをその剣で、処刑しようとしてる」
「魂と、血が合わさる……」
「哭剣で処刑されれば、先祖返りに流れる、ラプラトの血と魂が邂逅する。それが禍を起こす。だからそうなる前に、レナちゃんの血と、ラプラトの血を分ける。貴類は、そう言ったんだよ」
玲奈は、ようやくその意味を飲み込んだ。
「私が処刑されたら、禍が起きるってこと!? 宣告と真逆じゃない!」
「そうだ。スラジの神殿が出した宣告は、貴類の意図と真逆だった。捏造されたってこと」
玲奈の処刑判決はかつて、王制審で決められた。その判決を出すのは貴類だとサディは言っていた。しかし、それは神殿により捻じ曲げられたものだったというのか。
「……なんで、そんなこと」
「政治闘争。権力闘い。どうせそんなとこだろうね。生憎、スラジの神殿の情勢までは詳しく知らないけど」
「…………」
ルノーはまだ何か喋っていたが、耳に入らなかった。玲奈が受けた衝撃は、大きかった。
(私は……、国を滅ぼさない……)




