169話
「こん中にいるなぁ……隠れたつもりか?」
ブリッツは、手の中にある照石を見つめた。罪人につけた印を示すものだ。この印は、破滅の子が異界に送られる前に、神殿が体に焼き付けたもの。神殿が保有する魔道具を使わない限り、消すことはできない。照石が示す先は、目の前の鉄の牢獄の中に続いていた。腰に差していた剣で牢を思いっきり切りつけるも、びくともしなかった。
「鉄か……引きずり出すには……」
このまま籠城するつもりなのだろうか。時機に、ブリッツの仲間がやって来るが、ここは敵国の中枢部。時間を止め、監視をすり抜けられるブリッツと違い、援軍の到着はまだ時間がかかる。その間にカンシュタット兵が来ないとも限らない。
「力技は疲れるからやりたくないんだけど……仕方ないか」
魔力を掌に集中させて炎を起こす。牢獄に火をつけるも、溶ける気配はない。かなり厚い壁を作ったようだ。
「これだけの鉄を操るか……手練れが付いているな」
次いで、ブリッツは熱源を凝縮した。大気の熱が奪われ、ブリッツの掌の一点に超高温の火球が形成されていく。牢へぶつけると、じゅわりと鉄が溶けだした。何度も火球を作っては、ぶつける。
(これは骨が折れる……)
五分程続けて、やっとブリッツが通れる程の大きさまで穴ができると、ブリッツは中に入り込んだ。その奥にも、さらに二重の鉄壁。思わず舌打ちするも、やるしかないと、同じように火球をぶち当て続けた。
二層目の壁もぶち抜いた時。ようやくブリッツは、自分の状況を把握した。
「抜け殻……? クソ、やられた……」
後ろを振り返ると、開けたはずの穴は閉じていた。火を使っていたため、穴が閉じて光が遮断されたことに気づかなかったのだ。照石を見る。印は牢の外に伸びていた。
「あーあ、閉じ込められちゃった」
ブリッツの幻導術。時間停止。一度に止められる時間は、最大三秒間。一度発動すると、五秒のインターバルが必要になる。三秒という一見短い時間は、対人戦においては圧倒的な効力を発揮する。ただし、無機物相手には、効果は薄い。三秒時間を止めようが、鉄が溶ける時間が早くなるわけではない。
「何重に張ってんのかな」
恐らく、敵はブリッツが最初に入ってきた牢のさらに外側にも、壁を用意している。時間稼ぎに必要な分だけ。それでも、ブリッツの能力をもってすれば、また追いつける可能性はある。ただし、それは魔力が潤沢にあれば、の話だ。この牢を全部破って、そこから追いつくまでに、何回時を止める必要があるか。導士の魔力は、体力と同じように、短時間に大量に使用すれば、減っていく。休息すれば魔力は回復するが、その頃に破滅の子の位置は、まだ追えるだろうか。
(印が切れるのはあと半日ちょい……無理か)
「……諦めよ。あーあ、怒られるな」
巨体をどすん、と地面につけて、ブリッツは牢獄の中に寝転んだ。
* * *
玲奈は再び、走っていた。
「ブリッツ以外の敵の気配はまだ近くにない。最短距離で行けば、ルヴァリスに着く辺りで十一日になるが……どうする」
「どうするって、何がですか」
ヒコトと違い余裕のない玲奈は、息を切らしながら返した。
「足止めできているとはいえ、向こうはお前の場所がまだ暫く分かる。真っすぐルヴァリスに行けば、捕まりはしなくても、逃げ込んだ先がバレる」
(ルヴァリス……貴類の生息地。そこなら、ロアンたちはまず、入ってこれない。そこにいる間に、印は消える)
「ルヴァリスからの出口は複数あるんですか?」
「分からない。カンシュタットの中でも特に秘匿性の高い場所だ」
「……」
リスクはあるが、玲奈は決断した。
「真っすぐ、ルヴァリスに行きたいです」
「分かった」
目的地を迂回しても、捕まらない保証はない。そして、例え印が無くとも、玲奈が貴類の生息地へ逃げ込んだことに、ロアンが思い当たる可能性は高い。ならば、一時でも早く、長く、安全な場所に入った方がいい。そこからどうやって脱出するかは見通しが立ってなくとも。ヒコトは反対しなかった。
四、五時間走り続けると、これで何度目か玲奈がぶっ倒れそうになり、ヒコトに抱えてもらう。腕の中で休息しながら、やっと気になっていたことを聞いた。
「あの、さっきのブリッツの能力のこと」
「ああ」
ヒコトは、それだけで全て理解してくれた。
「隷糸というのは、導士が操る魔力の糸のようなものだ。俺なら、鉄との間に隷糸を張って物質を動かす。隷糸切れは、その糸が、導士の魔力によって遮断された状態だ。切れると、張られた糸がプツリと落ちる感覚が明確に分かる。俺の鉄はブリッツによって、地面に落とされた。でも、隷糸切れの感覚はなかったと、お前に伝言を残した。速さでブリッツの攻撃が目に追えなかったんじゃない。時間が止められ、その間に隷糸を切られたと分かった」
「はぁ」
隷糸のことがいまいち分からない玲奈には、難解な説明だった。しかし、ヒコトは自分に伝わるように、適確なメッセージを残したということだ。
(あの一瞬で、それを)
玲奈に伝えるや否や、ヒコトは胸を剣で貫かれていた。あれも、ブリッツが時間を止めていた間の出来事だったわけだ。
「さっきの足止めって、どのくらいもつんですか」
「アイツの魔力次第だな」
ブリッツが時間を止めることができると分かると、ヒコトは「足止めする策」を取った。時間を止める間に距離を詰められてしまうので、間に障壁を作り、身を守る。そしてそれを壊している間に、ブリッツ自身を閉じ込める。ブリッツは、玲奈のように時を戻すことはできない。閉じ込められた時点で、時間を止めても無意味ということだ。
「だが、あれだけの強力な幻導術、そう乱発できるとは思えない。ブリッツはひとまず撃退したとして、別の追手が来ることに備えた方がいい」
「……まだ、禁制魔術を使える導士がいる可能性があるんですか」
「さてな」
危険視され、使用が禁止された魔術。それを使える存在がいた。まだ、いるかもしれない。玲奈は恐怖に押しつぶされそうになった。涼しい顔をしているヒコトを、腕の中から見上げた。
「ヒコトさんって、恐怖心とかありますか」
「何だ急に」
「だって、ブリッツにやられるって分かっても、冷静に状況を分析して立ち向かってました」
玲奈がブリッツを前に正気を保てたのは、自分は大きな危害を加えられないと分かっていたことが大きい。ヒコトは、ブリッツにやられ、血を流して倒れた。それを玲奈に宣言されても、ヒコトから恐怖を感じなかった。
「俺の使命は陛下の命に従うことだ。それを為すのに恐怖という感情を持たない」
「……九垓陛下のためなら、怖くないってことですか? それだけ、忠誠を誓ってるんですか」
「誓ってはいない。そうなるように生まれた」
「…………?」
「陛下の命令を聞く為に生きているということだ」
「それが、生きがいってことですか」
「そうじゃない。そう組み込まれている」
よく分からなかったが、ヒコトはそれ以上は喋らなかった。疑問を持ちながらも、疲れが溜まっていた玲奈は、考え込むうちに眠ってしまった。




