165話
何度目かの、カンシュタットの地である。前に追手が現れた場所を過ぎても、その気配は無い。やはり、前回捕まったのは、内通者――美音が、スラジに情報を流していたということが正のようだ。以前より数日早く、カンシュタットの山を越えられた。しかしそこからがまた、長い。平坦な道を、玲奈の体力がもつ限り歩き、休憩してはまた歩き――。
十一月七日になった時には、大分内陸に進んでいた。
(もう、ロアンは私の居場所を追えるようになった……)
玲奈の顔に緊張が走る。
「服を脱げ」
「は……、はい!?」
ヒコトの言葉の意味が、一瞬分からなかった。やや間を開けて、それを理解する。
「なんっ、なに」
「背中、光ってる」
「背中?」
ヒコトは会話が面倒になったのか、舌打ちして玲奈の首根っこを捕まえた。「ぎゃっ」と声が漏れる。暴れる玲奈の腕を片手で封じ込めると、襟口をぐいっと引っ張って、背中をのぞき込んだ。
「っ―――!?!? 何してんですかっ!?」
「ここ」
「ヒッ」
ヒコトは服を離すと、玲奈の肩甲骨の少し上をとん、と叩く。
「九芒星に発光してる」
「え……」
玲奈からは見えない。だが、そこは確かに、淡く銀色の光を発していた。
「もしかして、印……」
「だろうな」
「服の上からでも分かるんですか」
「目を凝らせばといったところだ。街中を歩いても怪しまれはしない」
「そう、ですか」
「急ぐぞ」
玲奈はこくりと頷いた。今まさに、ロアンが自分を追ってきている。実感して、背筋が粟立った。
それから数時間後。ヒコトが止まるように合図を出した。視界の先に、小さく衛兵の姿があった。
「どうするんですか」
「お前の姿を見えなくする」
「え」
ヒコトは玲奈に向けて、両手を翳した。玲奈の周りに、風が吹いた。
「お前を周囲の風景と擬態させた」
「ああ……」
(ナシュカがやってたやつ)
「あとは俺がお前を抱えて奴らの死角を突破する」
「できるんですか?」
「あのレベルなら問題ない」
「ヒコトさんは、自分にその魔術はかけられないんですか?」
「できないことはないが、擬態を自分にかけるのは難度が跳ね上がる。なんせ自分の姿は自分からじゃ見られない」
「あ、そうか……」
「魔力消費も高い。あの程度の護衛を突破するのに、そこまでやる意味はない。抱えるぞ」
「はいっ」
「声は出すな」
「はいっ」
玲奈は頷くのみである。ヒコトが玲奈を俵担ぎにして、ぐわんと視界がひっくり返った。ヒコトは衛兵の挙動を観察する。視線が反対側へ動いたのと同時に、高く飛び上がった。
「〜〜〜〜〜っ!?」
(高い高い高いっ!!)
叫ばなかったのを褒めてほしい。何故って、ヒコトは絶対に褒めてくれないから。玲奈は白目を剥きながら、どうでもいい事をぼんやり考えた。
飛び上がり、衛兵の詰所に音なく降り立ったヒコトは、一度物影に隠れた。衛兵をみれば、全くこちらには気づいていない。
それを確認し、前方の屋根に飛び移る。再び、体に突き上げられるような衝撃が走って内臓が飛び出そうになるも、気合で声を抑えた。




