164話
一足早く、美音は理性を取り戻して、華曜を問い詰める。
「兄さまは、あなたがやったのではと……本当に? なんでそんなことを」
華曜は観念したように薄く笑った。
「きみとまた、過ごしたかった。それだけだ。ここにいれば、永遠に叶わない」
「っ……まだ、私を?」
「一日たりとも、忘れたことなどないよ。……きみはそうではないかもしれないが」
「っ、私だって、ずっとあなたを想ってた!」
「雨明と仲良くしていたと、噂になっていた」
「相談してたの! あなたのことを忘れられないと……。それに、彼と距離を近くしてたら、あなたが嫉妬してくれるんじゃないかって、期待して……」
「……美音」
美音は泣き出した。九垓は、冷静に華曜に問う。
「泰斗を川に落としたのはきみで、間違いないのだな」
「……はい」
「殺すつもりだったのか?」
「死ぬ可能性は低い方法を選びました。しかし、ゼロではなかった。死んでも、仕方ないと、そう思って実行しました」
「……そうか」
「兄さま! 罰することはないと! 先ほどお誓いになられたのですよね!」
「そうだ。私は何も手を下さない。そして、この事実を知って、美音。お前はどうしたい。華曜と添い遂げたいと、そう思うのか?」
「……許して頂けるのですか」
「お前がそう望むなら。しかし、華曜を罰さないということは、真犯人は不明のままにするということだ。お前が王都を出ることは覆せない。時を見て、華曜をお前のもとへ向かわせる。それで納得できるか」
「……願ってもないことです。……いいのですか」
「僕はお前の信頼を一度裏切った。挽回の機会を与えてくれるか」
「兄さま……ありがとうございます」
美音と華曜は、悲願の達成についに理性を外して、互いに駆け寄り、手を取り合った。
「さ、一件落着だ。あとで僕と話を詰めよう。把南、二人を連れていけ」
美音と華曜が、部屋から出ていく。九垓はため息をついた。
「おめでとう。何とかなったようだね」
「……良かったんですか。あれで」
結果、我が子への殺人を企てた人間を、野放しにし、その願望に応えたことになった。
「美音の溜飲を下げるには、この道しかなかった。この国を守るために、これが最善だと判断した」
「……そうですね」
「それに、華曜も言っていたが、死に至る可能性はかなり低かった。川の水はそれほど冷たくなく、癒符師が待機していて、すぐに治療が受けられた。妻の監視を受け、精神が削られ追い詰められていた中でも、理性をすべて捨て去ったわけではなかった……まあ、探偵殿に言われなきゃ、星影に誓うつもりはなかったが」
「あれは縁さんが陛下にお願いしたんですか」
「犯人が自供するには、言った方が利があるようにしなきゃいけない。ここの法律の担保が必要だろ?」
「……縁さんは、真実が分かれば、いいんですか。悪いことをした人が、罰されなくても」
「どうでもいいね」
縁は愉しげに玲奈を見下ろした。
「俺の楽しみは、俺の推理が真実だと証明されること。後のことは俺には関係ない」
「……そうですか」
「今回は中々楽しかったよ。王族の罪なんて、早々暴けないからねえ。で、きみからの報酬は今くれるのかい?」
「報酬?」
「あ……あの、私、この人に正体を明かすって約束を……」
「なるほどね……探偵というのは探求心が豊かなようだ」
「お褒め頂きありがとうございます」
約束は約束である。そして、時間もない。
「私は、スラジで、破滅の子の宣告を受けました」
「へえ! きみがあの……噂に聞いたことがある。なるほど、これは興味深い」
縁の目は輝いた。
「異界で生きてきたというのは本当?」
「はい」
「おお! それってどういう」
「その辺りにしてもらおう。レナ、きみは急がなければ」
その通りだ。玲奈は頷く。縁は「そんなぁ」と情けない声を出した。
「縁さん、ありがとうございました。あなたのおかげで、私、ピンチを脱せそうです」
「そうかい」
頭を下げる。九垓にも挨拶を、と思ったが、玲奈の体は次の瞬間、宙に浮いていた。
「ぎゃっ」
「行け」
犯人はヒコトだった。九垓にはろくに別れも告げられぬまま、玲奈は胡王国を後にすることとなった。
「では、私はお暇を……」
「待ちなさい」
去ろうとする探偵には、しっかり口を閉じさせねばならない。
「きみは僕と今後の話をしようか」
「といいますと?」
「君たちは随分と噂好きの人種だと聞くからね」
縁は残念そうな顔をしながら、九垓に引きずられていった。




