163話
「さて、犯人の当たりはついたね」
「え!?」
これには玲奈だけでなく、把南も驚きを隠せていない。
「しかし、新しい証言など、ありませんでした」
「内容は二の次だよ。俺が見てたのは表情・仕草・声色。人が嘘をついているのか、見抜くことができる」
「魔術ですか。しかし、心眼以外にそんな高度な魔術ができるものなど、この国には」
「違う違う。これは探偵のスキルだよ。嘘を見抜けるように、会話で誘導をするんだ」
きっと、縁が使っているのは、メンタリズムだ。超能力ではない。相手の反応を観察し、心理や行動を見抜くトリック。
「それで、犯人は誰なんですか」
「華曜様だ」
縁はきっぱりと言い放った。
「まず、アリバイがないことから、犯行が可能。これは大事なことだ。そして、彼のさっきの話ぶり。息子への感情を誘導した。彼の目線・仕草、全てが息子への憎しみを隠せていなかったよ」
「……なんで、実の息子にそんな」
「美音様さ。華曜様は、未だ彼女に熱を上げている。そして、美音様の王都追放こそ、彼のシナリオだったというわけ」
「――え?」
縁は椅子に腰かけ、ゆったりと茶を啜りながら事件のあらましを語り出した。
「美音様と華曜様は、愛し合っていた。それが明るみになり、二人は会えなくなった。そうですね」
「ええ」
把南が頷く。
「ところが、その距離は、華曜様をますます燃え上がらせるだけだった。気持ちとは裏腹に、王宮内で美音様と逢瀬を重ねることは不可能……そして、今回の犯行を計画した」
「そんなことのために、子供を手にかけたっていうんですか」
「まだ若いね、お嬢さん。恋は時に君子を愚者に変貌させてしまうものさ」
「……」
「泰斗様は、美音様に恋慕を抱いていて、度々美音様を呼び出していた。直近で言えば母の監視が厳しくなり難しくなったようですが、それまで彼は、母の目は気にしても、父の事は眼中に無かったでしょう。自分は想い人に会えないのに、それができる男がいれば、息子といえど、いや、息子だからこそ、一層の憎しみを持った。泰斗様が美音様を呼び出した日時を、華曜様が知るのは簡単。華曜様は泰斗様の部屋に入れる」
把南が自問するようにつぶやき出す。
「美音様と二人の時に泰斗様が傷を負えば、美音様が疑われる。少なくとも、舞連様と雫那様はそう追求する。そして、他に容疑者が現れなければ、美音様に責任が向いて、処分される確率は高い……」
「でも、華曜様は美音様を追い出してどうするの? 自分は王宮にいたんじゃ会えないままじゃない」
「どうとでもなるさ。ここから出れば、舞連様の目には届かない。ゆっくりと会える可能性は、ずっと高くなる」
縁の推理は、確かに、そうなのかもしれない、とも思う。でも、致命的な欠点があった。
「でも、それって証拠はないですよね」
玲奈の疑問に、縁はあっさり頷いた。
「そうだね」
「そうだねって、どうするんですか。私、美音様の追放を止めないと」
「まあまあ」
青褪める玲奈を、縁は落ち着かせる。
「腕の良い探偵ってのは、証拠の有無に囚われない」
「え?」
「犯人が、自供する場を整えてあげるんだ。真実は、暴くんじゃない。おびき出すものだよ」
縁は、玲奈たちを伴い、再び、華曜を呼び出していた。
「まだ、何かありましたか」
「ええ。あなたに、お伝えしたいことが」
「何でしょう」
「美音様の処遇が変わりました」
「……変わった?」
「はい。犯人だという証拠もないのに、王都追放はいかがなものかと待ったがかかったのです。彼女は国外の貴族のもとへ嫁入りされることに」
「なっ、それを彼女が望むはずありません!」
「いえ。追放処分よりかはましだと、美音様は受け入れたそうですよ」
「っ」
華曜は、取り繕うのも忘れ、感情を露わにしている。縁は畳みかけた。
「華曜様。しかし、これは仕方なくの処置。陛下が一番に望んでいることは、真実を明らかにすることです」
「…………」
「仮に真犯人が名乗り出れば、その者を罰さないと私に約束くださいました」
「……何を」
「華曜様。あなたの望みは、あなたが真実をお話しすることでしか、手に入りません。保身のため口をつぐめば、望みは一生手に入らない所へ行きます」
その言葉に、華曜は動揺を隠しきれなかった。絞り出すように、声を震わせる。
「……それが守られる保証など」
「僕が『星影』に誓おう」
背後から、深い響きをもった声がした。
「ほしのかげ?」
黙って黒子に徹するつもりが、声に出てしまっていたようだ。部屋に入ってきた人間――九垓の視線が玲奈を向いた。
「星影に宣誓したことは、影が監視する。約束を違えることはできない」
「……破ったら?」
「星影に吞み込まれてしまう。さぁ、宣誓しよう。僕は真犯人を裁かない」
九垓の足元から、影がにゅっと表れて、右腕に絡み、消えていった。
「これできみの抱えていることを、素直に話せるだろう」
「……陛下は罪人を裁かないというのですか。何故、そこまで」
「国家を守るためだ」
「……何やら、理由があるのですね」
華曜は、それ以上を訪ねることはなかった。俯く華曜に、九垓は更なる秘策を呼び込む。
「美音、入っておいで」
「なっ……!」
美音は瞳を潤ませていた。何年振りか、二人の目線がしっかりと絡み合う。その男と女は、今にも抱き合いたいと体を震わせていた。




