162話
「泰斗様。ご療養のところ、捜査へのご協力感謝いたします」
「……別に、いいよ」
その声は、まだ変声期の最中。掠れた声だった。
(この子が……)
九垓の姉、舞連と華曜の息子である。まだ気だるそうにしながらも、縁に興味があるのかじっと見つめている。縁はそれににこりと返し、ベッドの前で膝を折る。
「いくつかお伺いしても?」
「いいけど、お兄様に話したこと以外、喋る気ない」
「勿論です。まず、美音様のことを。彼女は今回の責任を取る形で、王都からの追放が決まったようです」
「なっ……なんで! 美音は悪くないよ! 俺が呼び出したんだ!」
「ええ、その通りですね」
泰斗は美音の処遇をまだ知らなかった。泰斗に知らせることに、把南は渋ったが、玲奈の必死の懇願に、頷いた。縁のやりたいようにさせるというのが、依頼を受けてもらう条件だ。苦い顔で二人の会話を聞くに徹している。
「しかし、美音様には敵が多いのが事実です。今回のことを好機と見た方々によって……」
「っ、じゃあそいつらが犯人だ! 美音を追い出すために、俺を殺そうとしたんだ!」
「そうかもしれません。それを望む人物がいるとすれば……」
「っ、母さんだ……」
泰斗は悔しそうに拳を握りしめた。
「母さんは美音を憎んでた。追い出すために、俺を殺そうと……」
「舞連様はあなたの実の母親ですよ? いくら美音様が憎いからって、そんなことをしますか?」
「……分かんない。でも、そうとしか」
泰斗は悲しそうだった。玲奈の心も苦しくなる。年はまだ十二だという。そんな子供に問い詰める事ではないだろう。でも、縁のやり方を、玲奈は止めない約束だ。縁は泰斗へ追求を続ける。
「ご両親とは仲があまり良くないのですか?」
「……うん。母さんも父さんも、美音の話をしたら、怒るし……」
「そうですか。美音様とは、事件以前にもよくお会いしていたのですか?」
「ちょっと前までは普通に会ってたよ。母さんの目に入らなければ、怒られなかったから。でも、ここんとこ母さんがいなくても、侍女が告げ口するようになって、あんまり話せなくなっちゃった」
「だから、夜中に呼び出されたのですね。監視の目がある中、どうやって連絡を取っていたのですか?」
「手紙を書いて、緯平に渡してもらった」
「あなたの付き人ですね。書いた後は、すぐに彼に預けたのですか?」
「えっと、ちょっと机に閉まってたかな」
「ふむ」
泰斗の部屋から出ると、同じ階の左の突き当りが母・舞連。右の突き当りが父・華曜の部屋となっている。縁は把南に尋ねる。
「人目を盗んでこの部屋に入れる方は、侍従の者の他には、ご両親くらいでしょうか」
「確かに、お二人なら容易ではありますが……」
次に訪れたのは、泰斗の母、舞連の所だった。
「この度は捜査にご協力ありがとうございます」
「真犯人の証拠を突き止めてくれるというなら、いくらでも協力します。状況証拠だけでは、十分な罰には至りませんもの」
舞連は憎々しげに言う。美音を王都追放としても、まだ気が収まっているわけではないようだ。
「では、まず事件当時、どこにいらっしゃいましたか」
「……まさか、私を疑ってるのですか」
「調査には必要なことなのです。どうかご容赦を」
縁を思いっきり睨むものの、引かないと悟って舞連はその時のことを思い出した。
「あの日は、一人で部屋にいたわ」
「証明できる方は」
「部屋に入っていくのは、侍女が見てます。その後、侍女が呼びに来て、泰斗の容態を知りました」
「つまり、アリバイを証明できない、空白の時間がある」
彼女は縁の言葉に不快を思いっきり顔に出したものの、暫くして諦め、「そうね」と答えた。
「では、泰斗様の殺人を企てる人物に心当たりは」
「それはもちろん。美音に決まっています。私と華曜の子という事実に、憎しみを覚えたのでしょう」
「なるほど……それ以外に、泰斗様が恨みを持たれるような可能性は」
「あり得ません! あの子は、自慢の息子です。優しく気高い、私の宝物。あの子を恨むなど、どれだけ性根が腐っているのか」
舞連は一層語気を強めた。縁は興味深そうに観察すると、質問を続ける。
「では……華曜様と、舞連様の最近のご様子を伺っても?」
「……何故です。事件に関係ないでしょう」
「いやいや。被害者はお二人の息子様です。周辺の様子を詳しくお伺いすることは事件解決に必要なことです」
「……探偵とは無粋な職業のようですわね」
舞連は気分を害したようだったが、ぽつりぽつりと、夫との仲を語り出した。
「不貞が発覚してからは、殆ど会話していません。話すこともないわ」
「なるほど……華曜様から、舞連様に話しかけられることは?」
「そんなことができる立場ではないでしょう」
「分かりました。ありがとうございます」
縁は次に、父親の華曜のもとへ行った。
(かっこいい……)
その美貌に、玲奈は息を呑んだ。伏し目がちな憂いの表情から、色気が匂い立つ。目が合ったら動けなくなりそうだ。これは姉の夫といえど、くらりと来てしまう気持ちも分かるかも、と密かに頷く。
「まずは事件当時、どこにいらっしゃいましたか」
「自室に。侍女に声をかけて、酒を持ってこさせました。その後は、一人きりでした」
華曜も、舞連と同じ。完璧なアリバイはない。でも、それで何が判明するというわけではない。
「では、最近、息子さんとのご関係はいかがでしたか」
「泰斗とは……妻の目もあり、あまり気安く話せるような状況にはありません」
「息子さんに、後ろめたさを感じてる?」
「……そうかもしれません」
「それは、寂しいでしょう。息子さんとろくに交流できないとは」
「ええ、そうですね」
「息子さんにお会いしましたが父親似のように思いました。華曜様に負けず劣らずの色男にお成りになる日も近いのでは」
「……どうでしょう」
「……美音様の処遇については、ご存じで」
「はい」
「どう思われます」
「一番良い形に収まったと思います。これで、妻の気持ちが晴れれば良いのですが」
縁は目をぎらつかせて、華曜が発する一字一句を聞き逃さんとしていた。
縁は、その後も侍女や、泰斗に近い官吏たちに聞き込みをした。調査は二時間足らずで終わった。




