161話
地図に示された場所は、そう遠くなかった。ヒコトと一緒に王都から出て、馬で二十分程。小さな一軒家の戸をノックをした。
「はいはーい、どちらさん?」
現れたのは、くるくるとした癖毛が特徴の、糸目をした男だった。背格好はひょろっと高く、頼りない印象だ。
「初めまして。縁さんですか」
「そうだけど……きみは?」
「九垓陛下の紹介で来ました」
「ほぉ……。中で話そうか」
縁は、玲奈とヒコトにお茶を入れてくれた。礼を言ってずずっと飲むと、苦みに顔を歪める。
「あは、口に合わなかった?」
「いえ……」
「きみ、甘いお菓子とか好きそうだもんねぇ」
「へ、なんで」
「入ってくるとき、目線が吸い寄せられてたよ」
「っえ」
確かに、家に入れてもらった時、玲奈は戸棚の芋菓子に視線が行った。そんな些細なことまで観察しているとは。
「さすが、名探偵ですね」
「こんなことで? 安いなぁ、きみ」
――そう、この男は、探偵。九垓に、泰斗の殺人未遂の真相を暴くべく、縁の協力を取り付けて来いと言われたのだ。
「お願いがあるんです」
「分かってる、王家のゴタゴタでしょ? はっきり断ったつもりなんだけど、しつこいねぇ」
九垓は既に、この男に王族の殺人未遂事件について、真相解明してほしいと依頼をかけていた。しかし、縁はそれを断ったという。
「だめ、ですか」
「ごめん、気乗りしないんだよねぇ」
「……何でですか」
「前にも依頼があったんだ。王都の中の人間じゃなかったけど」
王都の外にも、王家の外戚たちは居を構えている。縁は彼らから、依頼を受けたことがあるという。
「真実に近づくにつれ、依頼主にとって都合が悪い事態になってさ。途中でもういいから帰れって、握りつぶされたんだよ。権力をもった連中の依頼はそれ以降断ってる」
「今回は、そうさせません」
「きみがそんな口叩けるの? 王族でもないきみが」
「確かに、私は権力を持ってないです。でも、私はこの事件の真相に、命がかかってるんです。それを暴かないと、未来がないんです。やれることは、全部やります」
「全部……ねぇ。分かった。じゃあ取引をしよう」
縁は糸目をより一層細めた。
「俺に、きみの正体を教えてよ」
「……私は、ただの遣いで」
「陛下がなぜ俺に依頼を寄こしたか分からない? 俺が当代一の名探偵だからさ」
縁は、自信たっぷりに口角を上げた。
「王家で殺人未遂、こんな大事件に、侍女が遣わされる訳がない。おまけに護衛は王の懐刀……何かあると吹聴してるようなものだ」
「う」
思いっきり顔に出る玲奈に、ヒコトは呆れ顔だ。
「……分かりました。あなたが真実を見つけてくれたときには」
「物分かりがいいねぇ。きみのことは気になるし……最後まで真実を追求させてくれると言ったね?」
「もちろんです!」
「俺がやることを止めようとする奴がいたら、きみが全部説得するね?」
「はい! やります!」
「よし、いいだろう。じゃあ行こうか」
「ありがとうございます!」
ヒコトがぼそりと囁く。
「おい、いいのかよ」
「……はい」
美音を止められなければ、玲奈は生き延びられない。今は、縁の力を取り付けるのが全てに勝る。
「事件が起きたのは三日前の夜中です。この桟橋を、美音様と泰斗様が連なって歩かれていた。そして、突然、泰斗様の足元が崩れ、川に落ちて引きずり込まれた。魔力痕が僅かに検出されました」
説明するのは、九垓の側近、把南。玲奈とヒコトは一歩下がってその様子を見ている。把南の話を聞きながら、縁はうろうろと現場を検分する。
「ここかぁ。確かに、魔力痕があるね」
縁は懐からごそごそとガラス管を取り出すと、栓を開けて中の液体を振りかけた。じゅわっという音とともに、泡が発生する。
「それは?」
「俺の秘薬その一」
「……効果は?」
「今分かる」
縁はじっとその泡を見つめた。やがて、泡は消えていき、代わりに現れたのは、どす黒い血栓。うにょうにょしていてグロテスク。気持ち悪い、というのが率直な感想だ。
「……、何ですかこれ」
「どんな魔術が使われたのか、調べる薬。この魔力痕では誰の仕業かは分からない。それでも、分かることはある。この色の濃さを見てよ。術者の感情がよーく分かる」
「感情……?」
「術者は、泰斗様に憎しみを持っていたということ。雇われの暗殺者の線は消える」
「そんな事が分かる薬など、聞いたことがありません」
「そりゃぁ、俺の秘薬って言ったでしょ。誰も知らないよ」
疑わしげな把南に、縁はけらけらと笑った。
「あなたが開発をしたと? 国の研究でもそんな技術は産まれていない」
「俺じゃないよ。こういうの作るのが病的に好きな知り合いがいてさぁ」
「なんと……ぜひ、紹介を」
「ああ無理無理。お役所仕事なんて務まるタイプじゃないから。それよりお嬢さん、急いでんだろ?」
「あっ、はい!」
把南はまだ話したげではあったが、玲奈には時間がない。早急に、この事件を解明しなければならない。




