160話
九垓が言う、心当たり。
「誰ですか」
「……末の妹だ」
「妹、さん?」
「僕は五人兄弟。姉と弟が一人ずつ、そして妹が二人。今日、末の妹を、王宮から追放することが決まった。明日の早朝、彼女は王都を出ていく」
「えっ、追放って、何で」
「身内の恥だが」
九垓は、美音と姉たちの確執、そして姉の息子、泰斗への殺人未遂容疑の末、美音を王都から追放することになった経緯を聞かせた。
「それで彼女は、王家を恨んで、スラジと手を組んだ……?」
「僕ときみが前回話したのが三日。そこでカンシュタットへ行くことを決めた。きみがカンシュタットで襲われたのが六日。会堂での情報をそれだけ即時に掴めるのは、美音しか考えられない」
「それって、どういう」
「会堂の機密性はこの部屋ほどではないけど、しっかりとしたものだ。外から侵入できるような造りではない。魔術により、盗聴したということだ。王族の一部の者には、「共言伝」という力が備わっている。王の発する言葉を離れた場所から感知できる能力だ」
「それで盗み聞きしたってことですか? じゃあ、今も聞いてっ――!?」
青褪める玲奈に、九垓は冷静に返す。
「いや、この部屋の中にいれば感知できない。きみの望み通り、絶対に話が漏れない部屋だ。この部屋は、魔力の一切を通さない。共言伝の効果も伝えない。その代償に、この部屋の中で魔力も使うことができない」
「……なるほど」
「全員が使える力ではない。存命の者でこの力が備わっているのは、美音だけだ……動機も十分」
スラジの罪人を、カンシュタットが匿っていた。密告すれば、事を荒立てたくない九垓へのダメージとなる。スラジに恩を売り、寂れた田舎町からの脱出も図ったかもしれない。いや、そこまで考えず、とにかく九垓の意に反することをしたかっただけだろうか。
九垓の声には、後悔の色が滲んでいた。
「……どんな方なんですか」
「優秀な子だ。共言伝は、王の抑止力となるべく、一族に伝わってきた者だ。その力が目覚める者は、その素質があるということ。彼女は選ばれた。……その優秀さも、姉たちには鼻についただろう」
「その……お姉さんの旦那さんと不倫したっていうのは、事実なんですか」
「ああ。姉の夫である華曜とは、夜に逢瀬をしていたところを現行犯で見つかった。体の関係は無かったようだが、二人には確かに恋心が通っていた」
「それは、お姉さんに嫌われるのもしょうがないような」
「ああ。それで姉妹仲は加速的に悪化していった。美音自身にも要因はある。次女の夫とも仲睦まじくしていたとなれば、あまり擁護はできない」
「そうですね……」
「けど、将来は王族の一人として、僕を支えてくれる存在になると思っていた。それだけの力がある子だった。……僕があの子の信頼を裏切ってしまった」
九垓の脳裏には、つい先ほどの話し合いの末、失望に染まった美音の表情が焼き付いている。
「でも、ここで話したからには、彼女は盗聴できないんですよね。じゃあ、もう大丈夫」
「いや、そうとは言えない」
「え」
「非常に優秀な子だ。きみの情報は、既に知っていてもおかしくない。そして、復讐心に燃える今、王都から出て監視の目が無くなれば、スラジとすぐに接触を図るかもしれない」
「えっ」
そうなれば、玲奈が今からカンシュタットへ逃げたとして、やはりすぐにロアンが追ってくる。逃げ切れる保証はなく、過去2回は、失敗した。
「妹さんをここに留めておかないと!」
「その通り。けど、それだけじゃ駄目だ。部屋の中に押し込んでおく程度では、いくらでもやりようがある。あの子の復讐心を消さなければいけない」
「……それって、どうやって」
「真犯人を見つける」
九垓ははっきりと宣言した。泰斗を殺そうとした、真の人間を見つけて、美音の疑いを解く必要があると。
「時間がない。七日には、きみは否応なしに居場所が知られる。その前に、なるべくカンシュタットの奥深くへ逃げ込まなければ」
「はい」
「そして、美音がスラジと手を組む前に……私はこれから、あの子と話をしてくる。真犯人を見つけ、美音の処遇を変えると」
「……でも」
心のうちは、わからない。九垓が説得したところで、美音が決心を固め、スラジと手を組むことを決めているかもしれない。九垓は、その憂慮に胸元から水晶を取り出した。
「これを使う」
「あ……」
心眼。嘘を見破るものだ。
「本当は、使ってはいけないんだけどね」
「……美音さんが、あなたを裏切るつもりなら、どうするんですか」
「監禁するしかない。僕の王の道には反する……これは最終手段だ」
玲奈を守るためだけではない。玲奈を匿っていたことがバレれば、スラジの出方によっては国家の平穏を傾かせる事態に繋がりかねない。美音とスラジのパイプを断つことは、九垓の至上命題となった。
「逆廻の力によって戻った時点が変わったのは、美音が王都から出ていく前に時を戻し、やるべきことがあると判断されたのだろう」
「……ここが、運命を変えられる時点だと」
「そうだ。レナ、きみに命を下す」
九垓は、一枚の紙を差し出した。受け取って、それを見る。地図が描かれていた。
「ヒコトに渡して、案内してもらいなさい」




