157話
「っ……ここまで戻るの?」
そこは、胡王国。枢晶宮の、玲奈の部屋の中。
(前の逆廻と同じところ……ここに戻ったってことは、私はこの国で、何かやり残したことがある……?)
港に行って脱出しても、追いつかれた。ということは、逃げる前に、事態を解決する別の方法を見つけなければならないということか。
『俺は、お前がどこに隠れようが、誰に匿われようとも、見つけ出せる。お前が俺から逃げ切れることはない』
(どこに隠れても見つけられる。内通者がいようがいまいが、関係ない? 見つけ出せる……って、誰かに情報を貰うというより、彼自身が、私の居場所を特定する術を持ってるみたいな言い方)
ロアンは、玲奈の場所を追えるかもしれない。どうやって。
(……何だっけ、何か……)
喉に骨が刺さったような、違和感。やり過ごしていたそれを、辿る。その時、ようやく、玲奈の脳裏に重要な記憶が蘇った。
「印!!」
(…………っっ!! そうだ、最初に言ってた!)
それは、こちらに飛ばされてすぐ、スラジの処刑場で、初めて王族と対峙した時のこと。
『母親にはあまり似てないな』
『すぐに捕らえられてよかった。見た目では追いきれなかったかもしれない』
『でも、印がついてるという話では?』
『あれを追えるのは条件がある。満月とノアヴェルの重なる時のみだ』
「ああっ……! なんっっで忘れて……!」
「どうした。大声出して」
「あっ!」
丁度、ヒコトが入ってきた。すぐに駆け寄る。
「あの! 九垓陛下に今すぐお話したいことがあって!」
「……分かった」
「何かな。急ぎの用事とは」
「すっごい重要なことを忘れてて! 思い出したんです! 私、印が付いてるみたいなんです。満月とノアヴェルっていう何かしらが重なる時に、スラジの王族はそれを追って、私の居場所を特定できてしまって」
だから、ロアンは玲奈の場所を特定できた。この宮で襲われたのも、宿で襲われたのも、内通者が密告したからではない。玲奈の行き先は、付けられた印によって筒抜けになっていたのだ。
「それは星の名だ。罪人の位置を星と結ぶ……不可能ではないな。あり得る話だ。しかし、何故そんな大事なことを忘れていた」
「色々あって、それどころじゃなくて……」
「どこから聞いた話だ」
「第三王子からです。でも、あまり詳しく分かってなかったみたいで、ちらっとしか教えてくれなかったので、余計に記憶が薄れて」
実際は、サディは、何もそのことを話さなかった。知らなかったのだ。知っていれば、悠長に匿うことはできまい。
「第三王子の所からは逃げ出してきたんだったね」
「はい」
「その情報があるなら、元から途中でレナを逃がす算段だったのかな?」
「えっと……恐らく?」
「……そうか。分かった」
九垓は多少間を開けたが、それ以上は突っ込まずに納得してみせた。次に丸められた紙を取り出して、机いっぱいに広げた。天球図だ。定規と分度器を手に取り、線を引いていった。
「満月とノアヴェルは四月の周期で重なる。今日が十一月三日。スラジから見て二つが次に重なるのは……四日後、七日だ」
「四日後……」
「このタイミングで思い出すとは、また随分都合の良いことだ。何かあったのかと勘繰ってしまうけど」
「……」
(ヒコトさんが、あれだけ私の能力に迫っていた。なら、当然この人も)
「本能が、危険を察知したのかも」
「話したくないなら、いいさ。ただ、どうしようか。きみの居場所が知れてしまうなら、もうここには置いておけない。しかし、出ていったところで、奴らは追いかけてくる」
「印を追えるのはどれくらいですか」
「周期は四カ月、前回は七月七日。きみがこの世界にやってきた聖蹟の日は、七月一二日。ということは、印の効果は最大五日間」
それより長ければ、玲奈が向こうに付いてから、何度繰り返し、どこに逃げようとも、スラジ側は居場所を知れたことになる。
(五日……長い)
「その間、きみは居場所を知られながら、逃げ続けなければならないということだ」
「でも、どうやって」
「スラジの追手がそう深入りできない所に行くしかない。となれば、カンシュタットだ」
「カンシュタットは、スラジの兵たちは入れないんですか」
声が頑なになる。港で襲われたのはつい先程。少なくともあそこまでは、容易に追ってこれる。
「かの国は大帝国故に、帝都から離れるほど、帝国の権威は及ばず、護りが薄い。一先ず山岳地帯を越えれば、簡単に入れはしない。目を付けられること覚悟でレナを追わないとも言えないが……普通に考えれば、敵地の中で目立つ行動は取らないだろう」
(ロアンならやりかねないけど、それは一旦考えるの辞める)
「でも、それって私もその先は入れないってことじゃ」
「ヒコトを同行させる。きみと二人だけなら、アイツが何とかするよ。そう仮定しないと、身動きが取れないともいえるが」
「……向こうも、少数で追ってくる可能性は」
「それは大いにある。とにかく、印が出る前に山を越える。そうすれば数的不利に追い込まれることは無い」
「……はい」
状況は、厳しい。それだけ、玲奈は追い詰められている。




