156話
船旅は、三日で終わりを迎えた。
「もう着く」
「はい」
ヒコトは、最初の尋問以降は殆ど玲奈の前に姿を見せなかった。護衛しなくていいのか、と思うも、胡王国にいたときも、ずっと影から見張られていたことに思い至る。
(一緒にいるのは嫌なんだろうし)
ヒコトは馴れ合いなどという言葉から、対極にある男だ。
船上にいる間、手持ち無沙汰の中で、色々なことを考えた。これからの行動についてもだが、胡王国で別れた人たちにも、想いを馳せた。さよならを言えなかったリュウ、トキ、ナシュカ。迷宮を乗り越えた仲の彼らに、何も告げられずに離れてしまった。しょうがないことだが、寂しさと虚しさが渦巻く。そして、フミノを始め、お世話になった人たちにも。
(そういえば……志陽って、結局何がしたかったんだろ)
玲奈にやたら絡んできていたが、リュウと玲奈が別れてからは、ぱったりと姿を見せなくなった。
(てことは、やっぱ、リュウの恋人がどんな人間か気になって、別れたから安心したってことかな)
今となってはどうしようもないことだが、フミノの恋が進展したらいいな、とぼんやり思った。
船を降りると、同じ港でも、胡王国とは少し様相が違った。寂れた港街には、ポツポツと、こぢんまりした船が停泊している。
「今日はここで宿をとる」
「はい」
これまた寂れた宿に入って、久しぶりの陸地にほっと息をつき、疲れのままに、すぐに眠りについた。
まだ、夜が明ける前。キンキンキン、と金属がぶつかるような音に、玲奈は目を覚ました。
「ん……? なに」
目を擦り、ヒコトの姿を探すも、寝床にはいない。音はますます激しくなっていく。外にいるのかと、部屋のドアを開けた玲奈は、息を呑んだ。
「やあ、探したよ」
「――ッ……!!」
それは、薄暗い中でも分かる、赤だった。
(ロアン……!)
「捕らえろ」
「っ、きゃあっ!」
一瞬固まった隙を、逃してくれる相手ではなかった。ロアンの影から出てきた兵たちに簡単に捕まり、玲奈は出てきた部屋に戻された。先程まで寝ていた寝台に張り付けられ、腕は頭の上で組まされて縄で縛り上げられた。
兵たちが下がると、ロアンが笑いながら、横になった玲奈の上に、のしかかってきた。
「初めまして。会いたかったよ」
「っ」
唇に、親指が這った。これはついこの間、経験したばかりだ。
(何でここが……! やっぱり、ヒコトさんが内通者!?)
姿を見せないというのは、そういう事ではないか。しかし、その疑念は敵側から否定された。
「護衛は随分手練れのようだ。向こうに加勢に行け」
ロアンの兵たちはハ、と敬礼して外へ向かった。
(これ、ヒコトさんが戦ってる音……なら、ヒコトさんは敵じゃない)
しかし、そうなると何故ここが分かったのか、ますます分からない。
「何故、居場所が分かったの」
「さあ? どうしてだろうなあ」
九垓は内通者を否定したが。ヒコトは違うとしても、他の者たちは分からない。
「気分がいい。ヒントを出してやろう」
「……」
「俺は、お前がどこに隠れようが、誰に匿われようとも、見つけ出せる」
「……どういうこと」
「お前が俺から逃げ切れることはない、ということだ。今回は、運も味方したがな」
ロアンは玲奈の顎を掬った。まるで、恋に浮かれたかのような、熱っぽい瞳で玲奈を見下ろす。
「会いたくて、焦がれたよ。早くお前を殺したくて、たまらなかった……」
「……あなた、私に何の恨みがあるの」
ずっと、抱えてきた疑問だ。ロアンは会うたび、王子としての責務を超えた感情を玲奈に見せる。
「無知は罪とよく言ったものだ。お前の存在が、俺を不幸にした。俺の幸せを、奪って、粉々にした」
「あなたの幸せ? 何のこと」
「……それ以上喋るな。その声……声だけは、似て……」
(声? そうだ、前にもそんなこと)
ロアンは黙ってしまい、会話してくれる気はなさそうだ。これ以上のヒントは得られないと判断し、玲奈は時を戻した。




