155話
「やっと……止まった……」
「休憩は挟んだろう」
玲奈が馬から降りた時は、足はがくがくになっていた。ヒコトが言うように、一度短い休憩があったが、殆ど気絶していたようなものだった。お尻の痛さに悶えながら、ヒコトの後ろを歩く。
港の周囲をきょろきょろと見回すと、玲奈はハッと気付いた。
(この空気、ロアンに捕まった倉庫と同じ……)
湿っぽく、潮の香りを微かに感じる。捕まっていたのは、港の近くだった説が濃厚。
(船でスラジに戻されるとこだったのね……)
そう考えて、もっと重大な可能性に思い当たる。
(待って、てことはこの辺にロアンがいるかも……!)
玲奈は一気に青褪めた。顔は知られていない筈だが、事実、玲奈は捕まった。九垓は否定していたが、内通者が玲奈の特徴を伝えたかもしれない。もう、玲奈の顔は割れている可能性がある。
「どうした。血相変えて」
「……この辺に、追手がいるような気がして」
「へえ?」
ヒコトは珍しく、感情を顔にのせた。興味深そうに玲奈を見た。
「本当だとしたら、流石は宣告の、破滅の子だ。俺に分からない気配を、お前が追えるとは」
「あ……いや、何となくですけど」
「興味がある。どんな気配を感じたのか、聞かせてくれよ」
「あの、それはあとで! 近くにいるかも!」
「すぐ捕まるような範囲にはいない。俺が保証する」
「……そうですか」
それを聞き、ホッとする。ヒコトはますます面白そうに玲奈に詰め寄った。
「本当に、感じたのか?」
「え……」
「気配があると言った癖、俺が否定した途端に、安心する。気配が確かなら、安心できないだろう。お前の素振りはまるで、この近くに敵がいる、と知識を植えられたかのようだ」
「……気配といっても、あやふやなものなので、ヒコトさんがそういうなら、大丈夫だろうと思っただけです」
「動揺してるな。お前は顔に出すぎる」
「っ……」
(どっ、どうすれば!)
「じっくり聞く時間は、船の中で取ってやる。来い」
「……はい」
一先ずの猶予を貰ったが、ヒコトについて行く玲奈の背中は、しょぼしょぼと頼りなかった。
船に乗り込む直前、港を振り返る。
(いない……よね)
一際目を引く赤い髪は視界に入らず、ほっと溜息を吐いた。
船は、そんなに大きくない。長さは約七十メートル、幅は十メートル程だ。乗り込むと、小さな船室に連れて行かれる。寝具は二つ、横並びになっていた。
(えっ、ここでヒコトさんと過ごすの)
「警護とはいえ、他人と密室なんてクソと思ってたが……楽しみができた」
「ひっ」
喉から、引き攣った声が出た。口角を薄ら上げながらも、瞳孔はビキリと開いていた。
「お前が胡に辿り着くまでの跡を聞いても、腑に落ちないことばかりだった。スラジの軍隊はそこまで間抜けじゃない。相手は何も知らぬ小娘一人。現れる場所が粗方分かっていながら、捕まえるどころか、姿をはっきり見た奴もいない。一番接近したのは、王都から外れた地方で、怪しげな逃走者を目撃したという役人のみ」
(ロメールに逃げたことも知ってる)
この前のスラジでの潜入で、玲奈の情報を粗方掴んだのだろうか。
「よっぽど第三王子が上手くやったのかとも思ったが、監視がある中、一人でお前を保護するにも限界がある。そして、その保護を離れて迷宮に行ってもなお、お前は生き延びた。一級魔石があろうと、仲間が優秀だろうと、本人に能力がなきゃ死ぬ場所だ。そして、お前にその能力はない」
はっきり言われたが、それは事実だ。玲奈に反論の余地はない。
「お前は何か、隠してる力がある。それによって、お前は命を繋ぎ止めてここまできた」
玲奈は息を止め、ヒコトを見つめ返すことしかできない。目を逸らしたら、殺られる。
「状況から、ある程度どんなものかは見当がつく。が、先に聞く。隠してる理由を言え」
「……」
誤魔化しは、効かない。今躱しても、ヒコトは諦めないだろう。玲奈が諦め半ば、口を開く。
「全てを他人に委ねるのは、過ちだと気づいたんです。だから、誰にも言わない」
「……そうか」
ヒコトは玲奈から距離を取った。
「その意思があるなら、お前の口を無理に割らすのは辞めておく。その力を使われる可能性もある」
(引いてくれた……けど、もう殆どバレてる)
玲奈に特別な力があること。どういった能力なのかも、推察されている。
(バレて、すぐにどうなる訳じゃないけど)
ヒコトとの旅は、常に危険が付き纏うものになりそうだ。全く油断できず、居心地の悪さをひしひしと感じ続けた。




