154話
ヒコトに連れられ、内郭の奥まった庭園に潜む抜け道から、地下通路に入る。どこの国も、王族の屋敷にはこういった逃げ道があるのは同じのようだ。
薄暗い道で、前の背中に問いかける。
「あの、私逃げるといってもどこに」
「カンシュタットに向かうよう指示されている」
「カンシュタット……北西にある大きな国のことですか」
「そうだ」
「簡単に入れるんですか?」
「入れない」
「えっ、じゃあどうやって」
「まず、カンシュタットに行くには、海を渡る。大陸の入口は、山岳地帯。そこを越えるとカンシュタットの検問がある。許可証がなければ入れない」
「許可証……、ないってことですよね」
「当然。一人なら侵入も訳ないが、お前がいるとなると、頭を使う必要がある」
「九垓陛下の力で許可証を手に入れることはできないんですか?」
「胡王の手がかかった人物となれば、それ以外を伏せても身辺を探られる。お前の正体がバレたら政治利用されて終わるぞ」
玲奈はごくりと息を呑んだ。
「カンシュタットは常日頃、スラジと戦争できる理由を探してる。お前は格好の餌になる」
スラジが血眼になり探してる玲奈が、カンシュタットの手の内にある。カンシュタットにとっては、その利用価値は計り知れない。
「それって、私を保護してくれる可能性もあるってことですか」
「保護といえば聞こえはいいが、実質は軟禁だろうな」
「……私、九垓陛下に助けてもらえたの、すごく運が良かったんですね」
「全くだ」
ここから向かう先は、居心地の良さは求められなさそうだ。むしろ、危険地帯に飛び込んでいくようなもの。
「……あの、なら何でカンシュタットに? 他にもう少し安全な所ないんですか?」
「入国するリスクはあるが、得られるものがある」
「え……?」
「国北部の森林地帯には、貴類の生息地がある」
「っ……そこに行けば、貴類と会える?」
「そうだ」
(貴類……かみなりのことが、お母さんとの繋がりも、分かるかもしれない……)
果たして、それが玲奈を助け、導いてくれるものになるのだろうか。玲奈が身を預けられる、砦となり得るのか。進まなければ、分からない。
地下通路を抜けると、低い草木に囲まれた野原だった。
「ここはもう、王都の外だ」
「はい」
玲奈は、最後に一度、来た道を、残してきた未練を振り返った。
(……リュウ)
港までは、歩けば半日以上かかるという。ヒコトは少し歩いて馬貸しを見つけると、玲奈に「これで行く」と伝える。
「私馬乗れないです」
「はあ?」
「う、ごめんなさい……」
文化が違うのだからしょうがないだろう、と言いたい気持ちはあったが、玲奈は大人しく小さくなる。
「躯術なら使えます。それで逃げるなら」
「いや、港までは距離がある。お前の体力なら魔石を使おうが、着く前に力尽きる。……追手が来るには時間があると言ってたな」
「はい」
「なら、馬が一番だ。俺が操る」
「操る……?」
それを聞いて、導士は、動物を操ることもできると聞いたことを思い出した。
「ただし、騎乗でバランスを取るくらいはやってもらわなきゃ困る。すぐに慣れろ」
「はっ、はい!」
玲奈はおっかなびっくり馬に跨がると、指導を受ける。ヒコトは自身も騎乗しながら、玲奈の馬の手綱を引くという器用な真似を見せる。歩きと変わらないスピードで、ゆっくりと進んでいく。
「もう慣れたな」
「まだ無理です!」
即答した。馬の振動に体勢を崩し、ビビりながら何とか騎乗している状態だ。ヒコトはその訴えをまるっと無視すると、馬に向けて掌を向ける。馬の瞳が、薄暗く光った――と同時、蹄が高らかに鳴った。
「~~~~~っっっ!!!!」
自身が風になったかと思った。それほど、速く馬は駆けた。バランスも慣れも無かった。玲奈は馬の首に必死に縋りつく。鬣がなびき、美しくしなやかな筋肉が隆起した。二人を乗せた馬は、休むことなく大地を走った。




