153話
「何かな。急ぎの用事とは」
「……何か疲れてます?」
「それなりにね。で?」
「あっはい! その……」
頼った先は九垓。緊急のことで、内密に話したいと、翠夏に通してもらった。
(とりあえずは、逆廻のことを伏せて誤魔化したい)
それが通じる相手かは微妙だが、最初から手の内は見せられない。
「私の居場所が、スラジの王族に見つかっている気配を感じたんです」
「気配? 具体的には」
「これまでも、そう感じた時、見つかって捕まりそうになったことがあって」
「ふむ。今も同じ感覚があると」
「はい」
「何とも不確かというか、覚束ない表現だが……きみの言う事を無視はできないな。それが本当なら、スラジの罪人を匿ってることを糾弾される恐れもある」
「……この国を出るしかないですね」
「そうなるね。スラジに嗅ぎつけられた時の対応は、決めている。ヒコトを連れて行くといい」
玲奈は迷ったが、不安を吐き出すことにした。
「……私の場所がバレたのは、内通者がいるからではないでしょうか。それが、ヒコトさんの可能性も……彼は、この前スラジに行ってたんですよね」
と言って、そういえばと思い出す。
「あっ! 櫃星値って」
「ああ、言ってなかったね……ヒコトは成功したよ」
「本当ですか! ……でも、それが、向こうと結託した結果という可能性は」
「ゼロとは言えないが、ヒコトを含めて、僕がレナのことを開示した者は全て、僕が信頼に足ると判断した極一部の側近たちのみだ」
その眼差しを見て、玲奈は頭を下げた。
「……分かりました。すみません」
「きみが不安になる気持ちは分かる。付け足すなら、ヒコトは忠誠心のみならず、僕に従う確固たる理由がある。レナの命は今や、僕の子供と繋がった。ヒコトはきみを守る役目を果たすと、僕が保証しよう」
「……はい」
それは、九垓の本心から言っていることだと、理解した。いったん、ヒコトは信頼しよう。
「でも、ヒコトさんの意思は」
「本人も承知してる」
「いつの間に」
「きみを逃がす段取りはある程度立てていた。その時はお前が行け、と言っていた」
ヒコトの性格では玲奈のお守りを嫌がりそうだが、納得してるなら何も言うまい。
「感覚では、いつ頃追手が来る気配があるんだ。侵入者の情報は入ってないが」
「……多分、八日後くらいに」
「ふうん。随分、具体的だね」
九垓は玲奈を見透かすように視線を寄越したが、とっさに目を逸らしてしまった。何か隠してますと言わんばかりだ。
「ま、話したくないならいいさ。我が国に危機が及ばない限り、きみの敵になるつもりはない。……全て話せば、より強い味方になるかもしれないけどね」
それは蜜のように、甘美に玲奈の耳に吹き込まれた。
「八日後というが、出発は早いほうがいいだろう。こちらもレナの痕跡は消しておきたい。ヒコト」
「はい」
呼び声と共にヒコトが現れるも、玲奈も慣れたもので驚かなかった。
「レナの護衛が最優先だ。連絡が難しければ、こちらは気にするな」
「はい。……行くぞ」
「えっ、もう行くの?」
「持ってきたものは魔石くらいだろ。他に心残りでも」
心残り。そう聞いて、リュウの顔が浮かんだ。ぴたりと体を固めた玲奈に、九垓が尋ねる。
「リュウには僕から説明しておくよ。伝えたいことはある?」
「……なら、助けてくれてありがとう、と」
「随分な振られ方をしたんだろう。それでも感謝を?」
「はい。リュウがいなければ、ここにいないです。迷宮で沢山助けてくれて、ここに来てからも……」
なぜ急に態度を変えられたかは、分からない。原因があるなら、知りたい。まだ、好きだ。幸せな思い出が一緒に蘇ってきて、涙が浮かぶ。しかし、玲奈はそれを消し去るように、首を振った。
「ごめんなさい。お願いします」
「分かった。無事を祈ってるよ、レナ」
「……はい。お世話になりました。ありがとうございました」
九垓は笑って、手を振った。




