149話
「姉上に脅されるとは……」
「……本当に追い詰められているようにも」
把南は疲れ切っている九垓にそっとお茶を差し出した。九垓はぼんやりと湯気を追う。
「完全に憎しみに支配されている。どうしたものか」
「美音様が関与されてるとお思いですか」
「ゼロとは言わないが、可能性は低い。殺意があったとして、二人きりの時に殺そうとするような考えなしじゃない」
「同意見です」
「しかし、色事が絡むと、途端に厄介を引き起こすのも、あの子の性分だ」
「……」
「魔力痕の追跡は難しいか」
「はい。あの量ではまず無理です。完全に消えてはいないものの、後を追えないギリギリのラインです」
「……ひとまず犯人探しは後だ。姉上を納得させねば」
「はい」
そう杷南に言ったものの、九垓の頭の中では、泰斗を殺そうとした人物について、様々な可能性を巡らせていた。
丸一日後。内郭の一部屋には王族が揃い踏みとなった。九垓の父である先王・慧燿に、母、瑶綺。兄妹は上から舞連、九垓の三つ下の弟である次男の颯麒。次女、雫那。そして三女、美音。
九垓はその中心で、切り出した。
「今日、諍いを終わらせる。父上、母上にも同席頂いている。皆、その意味が分かるな」
先代は隠居後、実権と共に、すべての責任も九垓に引き渡した。その両親をこの場に呼んだこと。それだけ、九垓はこの件を王家の威信に関わる重大事案とみなした。諍いの当事者たちにも、その自覚を持てと促す。
目線を配って、両親を見る。父の慧燿は険しい顔を崩さぬまま、頷いた。進めろということだ。
「まず、泰斗だが、無事に目が覚め、意思の疎通もできている。当日の経緯は、僕が直接聞いてきた。美音から先に聞いていた話と一致していた」
「兄様は事を丸く収めたくて、泰斗をそうやって促したんじゃないですか?」
「口を慎みなさい」
雫那の軽口に、父が低い声を出した。雫那は悔しそうに口を結ぶ。
「美音に話したいことがあって、二人きりになりたいと声をかけた。場所と時間は美音が決めた。美音、相違ないな」
「はい」
「泰斗は何を話したかったんですか?」
聞いたのは次男の颯麒だ。本件は興味がないというか、巻き込まないでくれと言わんばかりに辟易した態度を取っていたが、こうやって集められてはそうもいかないと悟ったのだろう。
「聞いたが答えなかった」
「ま、思春期ですからね。本人がそう言うなら放っといた方がいい」
泰斗が美音に想いを寄せているというのは、ちょっと見ていれば容易に察するところだ。想いを伝えたかったのか、日頃叶わぬ二人きりの逢瀬を望んだのか、その辺りだろう。それをよく思わない舞連は、不愉快そうに眉を顰めた。
「川の畔を歩いていたら、突然桟橋が崩れて川に引きずり込まれた。頭を打ったようで、そこから先の記憶はない。怪しげな人物は見ていない。泰斗の証言は以上だ。現場から魔力痕が見つかったが、微量で追跡はできない」
「追跡できない程の魔力痕か」
慧燿の呟きの先を少し待ったが、しかし、それ以上は続くことがなかった。
「何者かが泰斗の殺しを企てた。しかし、特定に至るものは残されてない。これが現状だ。そして、舞連は美音の手がかかっていると考え、美音を王都から追放すべきと主張している」
「私は関係ありません。現場にはいましたが、理由もない」
「よく言うわ」
姉妹の視線がバチバチとぶつかる。
「仮にやるとしたら、もっと自分に疑いがかからないようにやります。そこまで頭悪くないですので」
「まともな頭を持っている人間は、姉の夫に手を出すなどという愚行はしないでしょう」
「……手を出すなど」
「そこまでにしろ。二人で話していても平行線だ。証拠がない。誰がやったかは分からない。その上で、どう納めるかを議論する場だ」
舞連も美音も、口を噤んだ。
「二人がこの先も同じ場で暮らせば、一旦沈めたところでまた諍いが起こる可能性は高いとみる。致し方ないが、少なくとも犯人を特定するまでは、どちらかが王都の外へ居を構えるしかないと思う」
「どちらか? 美音に決まってるでしょう!」
大人しくしていた雫那がしゃしゃり出てきた。
「美音が罪を犯したと確定しない限りはできない。どちらかを王都の外へ向かわせると言ったのは、罰ではなく」
「納得できません! 子供を殺されそうになった私が、追い出されるなど、あり得ない」
舞連は怒りを必死で抑えながら、ぶつ切りに喋った。
「そうです! 姉様には夫も子もおります。どうするおつもりですか!」
「家族揃って出ていくのは辞めた方がいいな。どう理由付けても好奇の目は避けられない」
雫那の怒りの後に、颯麒は冷静に答える。美音は一拍置いて、九垓と目を合わせた。
「どちらかと言いながら、結局私を追い出すつもりですか。姉様が出ていっても、私と雫那でまた揉め事が起きるかもしれないし、兄様はその方がいいですよね」
「それが一番、事が丸く収まると思ってるのは事実だ」
九垓は正直に言った。美音の瞳は、九垓を糾弾していた。




