145話
「ヒリアムの呪い。想い合う恋人の感情を捻じ曲げる効果を持つ魔術ですか……状況には合致しますね」
把南が書物を追った。
「リュウに恨みを持つものの仕業でしょうか」
「いや、感情に変化が現れるのは、呪いを受けた張本人ではない。想い合っている、相手方だ」
「では、彼女が呪いを受けたということに」
「それが自然だが……リュウには禍の封印を施している。あれは強い魔力の流出入を封じるものだ。呪いを防ぐはずだ。考えられるのは、あれが呪いの影響ではなく、呪いを防ごうとした反動ということ」
「反動?」
「しかし、そうなると……」
九垓はぶつぶつと呟きながら、別の書物を漁りだした。まだ原因の究明には至らないようだ。九垓は魔術の研究を実利だけでなく趣味として楽しんでいる側面がある。長くなるかもしれない、と思いながら、把南は伺いを立てる。
「呪われた張本人が彼女であるならば、呼び出しましょうか」
九垓は一度手を止め、暫し考えたが、すぐに棄却した。
「いや、いいよ」
「……しかし」
「二人には今のまま、距離を置いてもらった方がいい。それに、調べたところで恐らく僕には解けないよ。呪いの殆どは、術者が自発的に呪いを解くか、死して魔力が途絶えることでしか解けない。彼女を調べても、術者にはたどり着けない」
「では、彼女には何も伝えないのですか」
「さて、どうするか」
(リュウがレナを拒絶するなら、こちらには都合が良い。今のところ、それ以外に悪影響もない。問題は、レナの方か)
「ヒコト」
「はい」
呼び声に現れた男は、数日前には任務を終えて、スラジから帰還していた。
「レナの様子は」
「気落ちしてるかと」
「では、お前がお慰めしておけ」
「……はい」
ヒコトは心底嫌そうに返答し、姿を消した。
「それで今度はヒコトと恋に落ちたらどうするんですか?」
「それはそれで、面白そうじゃないか」
笑いながら言う九垓に、杷南は内心呆れた。
夜半。玲奈は一人、枢晶宮前の庭に佇んでいた。
(トキとナシュカに会いたかったけど……)
自習室を除けば二人とも熱心に勉強していて、声をかけるなどできなかった。
「ハァ……」
一人になると、昼間忘れようとしていた、リュウの顔が浮かんだ。恋人になるかと言われた日の顔。祭りの日にキスした時の顔。どれも格好良くて、ときめいて、好きだと感じて、そしてその後に辛くなる。
夜は肌寒さすら感じるが、玲奈の体は熱で火照って、燻っている。甘い火照りとは違う。痛みを伴う、やり場のない熱だった。
ぼーっと池の水面を見つめていた玲奈に、突然背後から、冷めた声が投げられた。




