144話
九垓は自室にて、側近の杷南と談義をしていた。
「蘭蒼様の護衛には、雪璃を中心に、親が高級官吏である女性武官を数名つけてます。とりあえずは、問題ないかと」
「ああ。美音の監視もその子たちで十分だろう。リュウには別の仕事についてもらう」
「そのリュウですが」
「また何か?」
問う九垓は、少し疲れた顔をしていた。
「レナと恋仲になっていると首護隊から報告が上がってましたが、突然態度を変え、彼女に別れを告げて突き放したと」
「突然? 痴情のもつれでも?」
「翠夏が聞いてる限りでは、彼女がリュウの浮気現場を目撃したと」
「浮気?」
九垓は腐った食べ物でも見たかのように、怪訝な顔になる。格別、リュウに誠実さを期待しているというわけではない。
(アイツ、そんな女に興味あったか? 外に出て行って変わったのか? いや、僕が言っても止まらない程好いていた相手を、そんな急に見放すとは……)
「そもそも恋人の振りをしていたのは、あの子を心配してだろう」
「ええ、特にその必要はありませんでしたが、リュウの独断で。彼女を近くで見守る理由が欲しかったのでしょう」
「……リュウを呼べ」
「はい」
(事によっては……)
九垓は、いくつかの可能性を思い浮かべていた。
「お呼びですか」
「入れ」
リュウの様子を見て、九垓はすぐに異変を察知した。
「最近、変わったことは」
「……特には」
「成程……」
(自覚症状はなしか)
九垓は少し考え、「近くに」と呼び寄せる。そして、リュウの瞳をじっと見通した。
「レナとの恋人関係は辞めたと聞いたが、理由は?」
「もうここに慣れたようですし、不要だと思ったので」
「そう……お前は彼女のこと、好いているものと思ってたけど」
「……一時、気が迷ったことはありました。力半分の中、迷宮で命の危機に瀕し正常ではなかったかと」
「僕がまだ、恋人の振りを続けろと命じたら?」
「……別の人間が適任かと」
「そうか」
リュウは、玲奈への嫌悪感を顕にし、隠そうともしなかった。
「分かった。話は変わるが、美音の監視の任は別の者に任せる。お前は俺の下につけ」
「はい」
「禍の解放は、望むか」
「……陛下の下に付くのでしたら、必要かと」
「暫くは王都の外へ出るつもりはない。今のお前の力でも十分だ。……が、いつまでもそうとは言ってられないな。解放しても問題ないと判断したら、実行する」
「はい」
「今日はもう下がっていい」
リュウは低頭し、部屋を出て行った。気配が消えると、杷南が九垓に問う。
「どうでした」
「呪いの影響を受けているのかもしれない」
杷南は息を止めた。
呪い。それは、人を操る魔術。導士のみが使えるものだが、危険視されて使用が禁止されている、禁制魔術に当たる。
「恋心を操る呪い。考えられるのは……」
九垓は立ち上がり、棚に置かれた一冊の書物を開いた。胡王国の中でも、王族しか見ることのできない魔術が施された、一級品の禁書だ。
そのページの見出しを、九垓は目で追った。
(ヒリアムの呪い……)




