142話
リュウは壁にもたれかかり、気だるそうに腕を組んでいる。ユランはその前に向かい合い、リュウに話しかけた。
「じゃあ、あの子のこと、何とも思ってないんだ」
「当たり前だろ」
(……え?)
誰のことを言っている。いや、文脈から、玲奈の事だと、少なくとも音では認識した。
「そっか……良かった。安心した」
「……もういいだろ。部屋戻っていいか」
「待ってよ、今日は終わりなんでしょ。少し話そうよ」
ユランは、リュウの腕にぎゅ、と絡みついた。柔らかそうな肌が形を変えるのを目の当たりにして、玲奈に嫉妬の炎が灯る。
(何、して……、離れてよ……リュウ……)
目の前の光景に、玲奈の呼吸が浅くなる。
「ったく、なんだよ。長期任務が明けたんだし、さっさと休みてえんだけど」
「でも、振り解かないんだね。リュウ、私……ずっとこうしたかった……」
(あ……)
ユランは背伸びして、顔をリュウに近づけた。リュウは少し溜息をつくと、ユランに会わせて屈んで……
玲奈は咄嗟に顔を背けた。それでも現実は残酷に、真実を届ける。肌が合わさる音が、空気を震わせる。玲奈にこの前キスした唇が、他の女性と、重なる。
(なんで)
キスは長かった。音は止まず、目を背け続ける玲奈の背後で、リュウとユランが粘膜を重ねている。
「ん……リュウ……」
ユランは伸び上がってリュウの唇にかぶりつく。リュウはそれを拒まず、ユランの腰に手を回しつつ、玲奈が身を潜める方向に、ちら、と目線を向けた。
(駄目……もう、居られない)
パニックになりながら、涙を携えて、玲奈は駆け出した。
部屋までダッシュで戻って、ドアを閉めるとズルズルと床に座り込んだ。
「ハァ、ハァ……」
『じゃあ、あの子のこと、何とも思ってないんだ』
『当たり前だろ』
(あれは、リュウの本音? 私のことだよね……? 違ったとして、何で、ユランとキスして……分かんない、どうして……リュウはもう、私のこと……)
先程の会話だけでは、リュウの真意は分からない。でも、彼は玲奈と恋人のはずで。その男が、幼馴染の女の子と、濃厚な口づけを交わしていた。それは覆らない事実だった。
翌朝。
(怖いけど、直接会って聞くしか……)
一人で考えていても仕方ないし、リュウに会いたいと二、三日かけて探したが、さっぱり姿を見かけない。玲奈は少し迷ったが、翠夏に相談することにした。
「リュウに会いたいんですが、見つからなくて。伝えてもらえませんか」
「うん、それは全然いいけど……」
「……、何かあるんですか」
翠夏が微妙な顔をしてるので、玲奈は恐る恐る聞いた。
「……少し前、桃凰がレナちゃんに顔見せたらどうだって言ったんだよ。でもリュウ、何にも答えないで、難しい顔しててさ」
「……私に会う気がない、ってことですか」
「そこまでは分からない。私からも伝えてみるけど……、何かあったの」
「その……私たち、少し前に付き合うことになって、リュウと会える日が減ってからも、お祭りの時とか、良い感じで……上手く行ってるかなと思ってたんです」
「うん、すごーく仲良さそうだったよ」
「……三日前、リュウが……別の子とキス、してて」
「えぇっ! 嘘ぉ!?」
翠夏は素っ頓狂な声を出し、本気で驚いているようだ。
「多分、私のことを話してて……何とも思ってない、って言ってて」
「……聞き間違いじゃなく?」
「そうだったらいいんですけど……」
説明しながら、殆ど泣きそうな玲奈を、翠夏はよしよしと慰めた。
「私から見ても、リュウはレナちゃんを凄く大事に思ってたよ。それでヒコトとちょっと揉めてたし……、俄には信じがたいけどな」
「私もまだ信じられないんです……でも、リュウは初めから私のこと何とも思ってなくて、嘘つかれてたのかなとか」
「待った待った! 突っ走ってもよくない。ちゃんとリュウと話してからにしよ」
「はい……」
翠夏の慰めを受けても、玲奈の心に平穏は訪れなかった。




