130話
「暫く、別の任務が入った。日中はお前に付いてられねえ」
「そっか、分かった」
玲奈はすぐに返してから、ちょっと寂しいな、と思った。ちらりとリュウを見上げると、ぱちりと目線が合う。
「な、なに」
「寂しいって顔に書いてる」
「えぇっ!?」
「嘘」
「えぇ……もう、からかわないでよ」
いつものデコピンの仕返しに、肩をばしんと叩く。リュウは全く痛くなさそうに「いて」と呟く。そして再び向けられた視線が、どこか甘えを帯びていてドキリとする。
「寂しくねえの? ……俺は寂しいけど」
「っ、な、へ?」
「なあ、どうなんだよ」
「ひゃ」
肩に、リュウの手が置かれた。腫れ物を触るように、その手は背中へ回る。リュウはほとんど、力を入れていない。でも、玲奈の体は磁石が引き合うように、自然とリュウの胸元に寄り添った。
「寂しい、よ」
「……ふーん」
「聞いといてその反応なの?」
勇気を出して言ったのだが、と少々不満を覚える。でも、リュウの変化に、気づいてしまった。
(あ……リュウの心臓、早い)
リュウは照れているのだ。そう悟って、玲奈まで照れが伝染った。
(どうしよ……顔熱い)
玲奈の真っ赤に染まっていく頬に、長い指がすっと通って、ぴくりと体を跳ねさす。リュウは、呼吸を一瞬止めて、小さく囁いた。
「……レナ」
「……えっ!?」
(聞き間違い……じゃ、ない)
確かに、名前を呼ばれた。迷宮で、死の間際に一度呼ばれただけの名。しかも、今は覚えてないのだから、このリュウにとっては、玲奈の名を呼ぶのは初めてのはずだ。
信じ難く、目を丸くさせる。
「……ンだよ」
「名前……」
「……呼んじゃ悪いか」
「いや、頑なに呼ばなかったのはリュウでしょ。びっくりした……」
「嫌なら、辞める」
「嫌じゃないよ! びっくりしたけど、その……嬉しい」
「……じゃあ、呼ぶ」
玲奈はもう一度を期待して、リュウを見つめた。その視線に気づいたのか、リュウが屈んで、鼻が触れるほど、二人は近づいて。
「レナ」
自然と瞼が落ちて、優しく唇が重なる。離れてもまた重なって、また離れて、繰り返す。玲奈の両手はいくらか高いところにある首元に回った。
「リュウ」
「レナ……」
名前を呼ばれるだけで、こんなに体を熱くさせることを、玲奈は初めて知った。
リュウは暫く、九垓の命で内郭にて任務にあたることになる。王族の監視――といっても、リュウには持て余すほど退屈なものだ。俺でなくていいだろ、と内心は不満すらある。美音の宮の外に座り込み、最低限の労力で彼女を見張っているも、手持ち無沙汰にくあっと欠伸が出る。
呼び止められたのは、そんな時だった。
「リュウ」
「……んだよ」
「やっと二人で喋れるのに、そんな言い方しなくていいじゃん」
頬を膨らませたのは、ユランだった。
(コイツ今、内郭勤めか)
リュウも暫くここに通い詰めだ。ユランと顔を会わせることも多くなるだろう。
「ごめん、ずっと変な態度とっちゃって。反省したから……また話してもいい?」
「やめろつっても話しかけんだろ」
「……そんなことないよ。リュウにウザがられるの嫌だもん」
しゅんとした態度を取られると、罪悪感がわく。
(コイツ泣かせると、昔からうるせえのがいんだよな)
幼馴染たちの中で、ユランは紅一点で、お姫様みたいな扱いを受けてるところがある。志陽なども口煩く文句を言ってきた一人だ。殊勝な態度を示すユランを冷たく突き放すことはできなかった。諦めのため息を一つつく。
「好きにしろよ」
「本当!? 良かったぁ……」
「あぁ!?」
ユランが泣き出して、リュウはぎょっとする。
「何泣いてんだ……いいって言ったろ」
「だってぇ……、絶対嫌われたと思ったから」
「……さっさと泣き止め。お前泣かせると面倒だから」
「うん……」
リュウは泣いているユランを見ながら、玲奈のことを考えていた。付き合っている人間がいながら、他の女と人気の無い場所で二人きり。あまり褒められたものではない。
(あいつが男とこそこそしてたらクソムカつくし)
志陽やヒコトと二人きりで過ごしたと聞いた時、不快感が押し寄せた感覚を思い出す。
(嫉妬とかすんのか、アイツ)
玲奈のそういう感情を見たことはない。ユランと過ごしたのを知ったら、拗ねるのだろうか。
「……なんかリュウ、楽しそう」
「あ?」
「笑ってたよ」
「……見間違いだろ」
無意識だった。手の甲でぱっと口を押さえる。ユランは、その様子を静かに見つめていた。




