128話
「兄様聞いてください! それで美音の奴、雨明の腕に蛇のようにべっとり絡みついてたんです!」
「あーうん。それは酷いね……」
「兄様からきつく言ってください!」
「分かった分かった。落ち着きなさい」
「兄様! もっと真剣に向き合ってください! このままでは王家の品位が貶められます!」
「うんうん」
妹のキャンキャンという声が、頭に響いて、九垓は顔を顰めた。九垓に噛みついてるのは、名を雫那という。九垓の血の繋がった妹である。ふわっとした栗毛が愛らしく小柄な彼女は、今日はその体を目一杯、力ませていた。
九垓は五人兄妹で、二番目。雫那は九垓の五つ下、四番目の子供。雫那が絶賛怒り心頭しているのは、さらに一つ下、末の妹の美音だ。
ただの兄妹喧嘩と言ってしまうには、事情は些か複雑なところだ。事の次第はこうだ。
雫那は、半年前、二番目の夫、雨明を得た。胡王国は原則、一夫一妻制であるが、王の子息子女は、伴侶を複数持てる。その雨明がかなりの美丈夫と評判の色男だったことで、事件は起こった。
末妹の美音が、雨明を気に入ってしまったのだ。美音は雫那の目を盗んでは雨明に色目を使い、体を寄せて求愛していたらしい。それがとうとう雫那に見つかり、怒りが噴火したという訳だ。
「雨明もそんな事になってるのに私に報告しないなんて不義ではありませんか! 弁明するどころか、義妹の可愛いじゃれ合いにすぎませんなどと言うのですよ!」
「彼の立場じゃそう言うしかないだろ。義妹とはいえ、身分は美音が上なんだから、粉かけられて迷惑したなどと糾弾できない」
「納得できません! 雨明は私の夫なのだから、私に寄り添うべきですっ!」
ヒートアップする雫那に、九垓はため息を吐いた。宥めてはいるが、雫那が怒るのも理解できる。というのも、美音には前科がある。
「厳しく罰しないと、姉様の時の二の舞にっ……」
「…………」
九垓は五人兄妹。一つ上に姉、二つ下に弟がいる。この長姉、舞連の夫と、美音はかつて不倫関係になった。
美音は惚れっぽく、色事に旺盛な娘だった。舞連の二番目の夫、華曜と不義密通し、大問題となったのは三年前のことだ。
その時は、当の舞連が事を丸く収めたいと言ったことで、収束した。同じ王族、しかも姉の伴侶に手を出すなど、言語道断。罰を与えるべきだという話も上がったが、父母が末娘の美音を可愛がっていたこともあり、軽い叱責で終わったのだ。
それが災いしたのか、美音は再び姉の夫に色目を使っている。今はまだスキンシップ止まりのようだが、放っておけば雫那の言うように、大事になる可能性がある。
「美音には、雨明に接触禁止だと言っておく」
「それだけじゃ破るにきまってます! 破った時の罰をきちんと与えてください!」
「……分かった。少し考える」
「絶対ですよ!」
去っていった雫那を見送り、どさりと椅子に雪崩落ちた。
「お茶ちょうだーい」
「お疲れ様です」
杷南は分かっていたかのように、すぐに差し出した。
「美音の様子は」
「言いつけどおり、大人しくお部屋に」
「そう……」
ずず、とお茶を啜り、二人の妹に想いを馳せる。年子だが、昔からあまり仲良くはなかった。生真面目な雫那と、奔放な美音は反りが合わなかったのだ。一方で、男の好みは似通うらしい。
「美音は大人しく雨明を諦めそうか?」
「……それが、相当気に入っているようで、あまり期待はできないかと」
「……」
「物理的に離したほうが良いと思いますが」
「美音を内郭から追い出すわけにはいかない。王家に醜聞があったと言い触らすようなものだ」
「……しかし、雨明様を外に出すのは、雫那様が納得しないのでは」
まだ結婚して間もないのに、美音のせいで自分が夫と引き離されることを、雫那が大人しく聞くとは思いにくい。
「追い出すなら美音にしろ、と反発するだろうな」
「では……」
九垓は天を仰いだ。
「美音を説得するか……」
杷南の「それは難しいのでは」という視線は見なかったふりをして、もう一度お茶を啜った。




