119話
飄々とした男だった。
「お名前を聞いても」
「ヒコト」
「ヒコト、さん」
思い返せば、先程そう呼ばれていたような。
「あんたの側にいないといけないのに、あんな五月蝿いのに絡まれたら迷惑。もっと身の振り方考えろ」
「それは……ごめんなさい……?」
(私が悪いの? とばっちりでは?)
「次から泣くのも無しな」
「それは……お恥ずかしいところをお見せしました」
「全くだ」
(この人冷たすぎない? いびられて泣いてた女子にそんな言い方する?)
そう思いつつも、ヒコトに真っ向から反論はできない。何というか、逆らってはいけないオーラを感じた。
「ヒコトさんは、リュウとは仲いいんですか」
「何度か顔合わせたことがあるくらいの他人」
「ふうん……」
「官位は俺のが上」
「はあ」
「だから、俺からアイツに伝える。恋人ごっこは止めだってな」
「え」
「不服か」
「あ、いえ」
玲奈としては、恋人と嘘をつき続けるのは辞めたい。自分でリュウを説得できるか分からないし。上官が言ってくれるなら有り難い。
「お前もさっさと戻れ」
「あ、はい!」
玲奈とヒコトの初めての邂逅は、十分に満たないものだった。
「お前、何吹き込まれた」
「はい?」
数日後、久々に顔を見せに部屋へやって来たリュウは、酷く機嫌が悪かった。
「ヒコトだよ。会ったんだろ」
「ああ。そうだ、リュウに会ったらその話しようと思ってたんだよ。絡まれて大変だったんだから!」
「それも聞いた。ヒコトは、お前が別れたがってるって」
「別れ……その言い方は違くない? フリを止めたい、でしょ」
「同じことだろ」
リュウが引かなそうなので、玲奈は今一度、真剣に向き合うことにする。
「前から言ってるけど、嘘つくの後ろめたいし、ああいうのに絡まれるのはもうごめん」
「それは、俺の配慮が足りなかった。……悪かった」
責めるように視線を向けると、リュウはしゅんとして、素直に謝罪する。珍しい面持ちに、罪悪感が刺激される。
「リュウ、モテるんだね。驚いた」
「女はとりあえず強い奴が好きなんだろ。っても、暴走騒ぎ起こしてからはそういうの減ったと思ってたんだが」
「魔力を封印して弱めたのは、皆知ってるの?」
「上位官の一部だけだ。事実を知ったらころりと態度が変わるんだろうよ」
(ユランは変わらないだろうけど)
それは、口には出さなかった。
「その封印はすぐ解けるもの?」
「術を施したのは陛下だ。あの人ならすぐ解ける」
「ふうん……解くつもりはないの?」
「さあな」
答える気はないようだ。とぼける姿をよそ目に、話を戻す。
「他の人達みたいに、こっそり警護してもらうので十分だよ。恋人の振りする必要はない」
「止めたら、こうやって堂々部屋に来るのも怪しいだろ」
「別に来なくて問題ないんじゃない?」
「色々話すことがあるだろ。お前は隠し事があんだから」
「それはまあ……」
「陛下に聞きたいんだろ。お前が、どうやったら元の場所に帰れるか」
リュウにそれを話したことはなかったはずだが、お見通しのようだ。
「俺がいないで、どうやって陛下に時間貰うんだよ」
「……それは、そうだけど。っていうか、リュウに頼んだら協力してくれるってこと?」
「何でもとは言わねえけど、できる限りはする」
(……そんなに優しかったっけ)
「顔に全部出てんぞ」
「だって」
「お前を守るって言ったろ」
「言っ、てた、ね……」
「それでも不満かよ。なんだっけ? 嘘つくことが後ろめたい?」
「……、うん」
リュウは少し考えてから、口を開いた。
「じゃあ、嘘じゃなくて、本当にするか」
「――え?」
玲奈の脳は、その言葉をすぐ処理することができず、停止した。




