117話
九垓は喉が乾く感覚に、唾を飲み込んだ。リンファはうっそりと微笑む。
「覚えがある様ですね」
「可能性がある者はいる。ただ接触と言っても、多少話しただけだ」
「それで十分です。龍神の血は溢れんばかりにその者の体内に巡り、今にも張り裂けそうなほど……切掛があれば容易く放出される」
子のみならず、玲奈の存在にも触れられた。リンファの先見は、信憑性のない世迷い言と片付けることはできない。
「――君の力は分かった。暫く、君には王都へ留まってもらおう」
「なっ……、村へ帰して頂けないということですか」
村長は青褪めた。老師とリンファは顔色を変えず、こちらを伺っている。
(隠し事をしながら協力を仰ぐというのは無策だな)
九垓は腹をくくった。
「君の言う通り、私の子が出来たのは事実だ。そして先日、迷宮を通ってスラジの破滅の子がここへやってきた」
「破滅の子……」
リンファもこれには驚いたようだった。そして、老師も口を挟んだ。
「陛下、スラジと戦争する気はないでしょう。その者をどうされるおつもりですか」
「当面は匿う。その後どうするかだが……」
九垓はリンファへ問いかけた。
「君が彼女の行末を、見ることはできるか」
「……先見が何を予知するかまでは分かりません。しかし、直接相見えれば、より正確な先見となります。龍神の血を引く、破滅の子……」
「協力してくれれば、南は私が説得しよう」
反対の意は上がらなかった。
胡王国へ辿り着き、二週間が経った。洗濯は大分慣れてきた。最初の方はフミノに手伝ってもらわないと自分のノルマが夕方までに終わらなかったが、今はそんな事もない。
「いたた……」
手のひらには豆が出来ていた。毎日、何百枚と濡れて重く、固くなった布を絞っているせいだ。しかしフミノ曰く、今は楽な時期。もう二、三ヶ月もすると寒気が雪崩込み、手は真っ赤に霜焼けするらしい。
(それまでに、向こうに帰れる見通しつくかな……)
現状、逃げ隠れるのに精一杯で、帰れる算段がまるでついてない。
(情報がもっと要る。待ってるだけじゃ駄目だ、自分で動かないと)
玲奈の置かれた事情に、一番詳しいのはやはり、九垓だろう。彼の協力を取り付けられるだろうか。
(とにかく、やってみないと)
「あなた、ちょっといい?」
「はい?」
洗濯板と向き合っていた玲奈は、背後からかけられた声に振り返る。そこには、玲奈と同じ年頃の女子が四、五人、玲奈を睨むように見下ろしていた。下働きの子たちだ。見覚えのある顔だが、いずれもしっかり話したことはない。その口調も表情も、嫌な気しかしない。
「……何ですか」
「ここは目立つし、あっちで話したい。いい?」
「私、まだ仕事があって」
「すぐ終わるから。来て」
(絶対穏やかな話じゃない)
玲奈に断る選択肢はないようで、大いにビビりながら、彼女たちについて行く。先程の開けた場所から、死角に連れて行かれると、リーダー格らしき女子が、早速強い口調を展開する。
「あんたさあ、目障りなんだよね」
「……」
「来たばっかの新人が目立ちすぎ。良い方にじゃなくて、悪目立ちしてるの。自覚ある?」
「……ご、ごめんなさい」
「ふーん。分かっててやってんだ」
「いや、えっと、ごめん。何のことか分からなくて」
「はあ? 分からないの?」
「とりあえず謝っとこうっていうタイプかー。一番ニガテ」
「分かる、苛つくよねー」
口々に責められ、玲奈は息が浅くなるのを感じる。
(こ、怖い……)
学校にも、こういう子たちはいた。苦手意識はあったが、こんな風に真正面から詰め寄られたことはなかった。どうやって対応したらいいのか分からない。ただただ、処理できない未知の感情に、頭が真っ白になっていく。




