113話
「レナ、飯行こうよ」
「げっ」
夜、またも誘いに来たのは志陽だ。周りの視線がカッと鋭くなる。
「えーっと、二人はちょっとまずいかなって」
「何で? リュウに気遣ってんの?」
「あ、それ! リュウが意外と嫉妬するからさ」
「……へぇ。そんな本気なんだ、あいつ」
「アハハ……あ! フミノも一緒ならいいと思うけど、どう?」
「ちょっ!? 何言ってっ」
周りと一緒に険しい目を向けていたフミノは、思わぬ提案にギョッと目を剥いた。
「おー、勿論。フミノと喋んの結構久しぶりだな」
「あ……う、うん、久しぶり」
「じゃ行くか。今日の飯は何かなー」
先に行く志陽の背中を見届けると、フミノににっこりと笑う。フミノは複雑な表情をしたが、最後には小声でありがと、と零した。
(かわいいー、まさに恋する乙女)
先程の、恋の成就を諦めきったような顔は悲しかった。競争率は高いかもしれないが、チャンスがないなんて言い切れない。自分への厳しい目線を逸らしたかったがゆえの咄嗟の行動であるが、結果オーライだ。
席に座ると、あからさまにフミノは緊張し、そわそわと落ち着かない。いつも玲奈に向ける冷めた口調は形を潜めていた。
(へえー、好きな人の前ではこんな感じなんだー)
ニヤケの止まらない玲奈の足は机の下で蹴られたが、そのくらいは甘んじて受けよう。
「フミノがレナに色々教えてあげてんの?」
「うん。お兄ちゃんに頼まれて」
「マジ? 妹をご指名ってレナ、気に入られてるじゃん」
「そうなら嬉しいけどねー」
実際は、紅那は訳ありの玲奈への対処として身内を使っただけで、むしろ玲奈への印象はかなり悪いだろう。
「フミノは次の登用試験は受けんの?」
「うん、そろそろ受けてみたらって親やお兄ちゃんからも言われてて」
「おー、頑張れ!」
「……うん、頑張る」
フミノはその言葉をしみじみと噛み締めている。好きな人からの励ましは掛け値無しに嬉しいだろう。
「レナはまだ暫く先か」
「うーん、あんま分かってないんだけど、ここに来たらすぐ受けられるものではないの?」
「受けるだけなら誰でもできるけど、試験はかなり倍率が高いからな。下働きに出た後、一年は準備してから受けるのが普通」
「へー。準備って、どこかで勉強する場所があるの?」
「寮の一角に自習室がある。時々先輩が教えに来てくれるし、登用試験を受ける奴は、働いた後に大体そこに集まって、試験の勉強するんだよ」
「働いた後に? きっつ……」
「迷宮の達成者は優秀な人が多いから、来てすぐ合格する人が多いけど……レナは例外っぽいわね」
「あのね、言っとくけど、私勉強得意な方だから」
「うわー、全く見えない」
この世界のことを知らないのでポンコツキャラが根付いてる感があるが、勉強は平均より、大分上を行ってきた人生だ。
志陽はそんな二人のやりとりを興味深げに観察していた。
「結構言うねー。フミノってそういうキャラなんだ?」
志陽が笑いながら放った問いに、フミノはぴきんと固まった。彼の前では猫かぶりを常態化していたようだ。どう返すのだろうと、玲奈はまたもニヤニヤした。
「あっ……なんかレナって、話しやすくて妹みたいな感じで……かわいいからついからかいたくなっちゃうんだよね」
(絶対思ってないだろ)
妹みたいとも、かわいいとも思われてる気配は全くないが、志陽はさらりと流し、「そっか」と笑った。
「リュウもそういうとこに惹かれたのかな」
「え?」
「アイツ、一目置かれて結構、遠目から見られるような感じだったから。レナが気安く喋れる子だから良かったのかもと思って」
「遠目って……でも、幼馴染の子たちがいたんでしょ? ユランは、最初リュウに凄い勢いで詰め寄ってたし」
「……あれはレナが隣にいたから抑えられなかったんだよ。ユランはいつも、リュウの前だとかわいこぶってて、凄いとか格好いいとか、褒めてばっかだった」
「……ふーん」
「って、彼女の前で話すことじゃなかったか」
「ううん、私が聞いたんだし」
フミノと同じだ。ユランもリュウの前では、可愛い自分を見せたかったのだ。でも、玲奈が知っているユランは、怒っている顔だけ。三年ぶりに会えた想い人にそんな所を見せてしまった後悔と、自分以外の女性の存在を受け入れられない思いで、葛藤しているのではないだろうか。
玲奈のしていることは、彼女の想いを踏み躙っていた。




