108話
「終わった……」
「手ェ真っ赤」
玲奈の手を見て、リュウは言う。
(洗濯って重労働……)
玲奈がフミノと共に担ったのは五〜六十名分の洗濯。洗うのにも絞るのにも握力がいるし、干すのは全身運動で、終わった時にはぐったりだった。
「丁度お昼ね。一時間したらまたここに来て」
「あ、うん……」
フミノはすたすたと行ってしまった。
(話したかったのになぁ)
ちょっと落ち込む玲奈の頭に、リュウが腕を置いた。
「う、重、やめて」
「飯」
「行くけど、ちょっと、ベタベタしないでよ」
リュウは舌打ちし、小さく「芝居」と呟く。そう言われると文句は続かず、大人しく引っ張られるしかなかった。
「手出せ」
「ん?」
いざご飯にありつける、というタイミングで正面に座ったリュウに手を取られる。まだ赤い手のひらを、リュウが労るように撫ぜた。
「柔い」
「……まあ、リュウに比べたら」
玲奈の肌は向こうにいる間、苦労とは無縁のものだった。こちらに来てから色々あって荒れてきてはいるが、まだ肌を硬く強く、作り替えるには至らない。
「リュウのはゴツゴツしてる」
「お前に比べればな」
「あと指が長い」
「お前が短ぇんだよ」
二人きりの世界を作ってることに、玲奈は全く気づいてなかった。ぬっ、と後ろから影がさす。
「なーに良い空気出してんのよ」
「えっ」
「お前らそういう関係になったのか?」
「えっ、あ、いや」
ナシュカとトキも昼時のようだ。現れると同時、玲奈をからかう。否定したかったが、こんな人通りの多いところじゃ下手に言えない。リュウは全く焦っておらず、パっと玲奈の手を離すと先に食堂を始めた。
どうしよう、と思ったが、隣に座ったナシュカが肩に手を優しく置いた温度で、落ち着いた。
(分かっててからかったのか……)
トキは片眉を少し上げた。こちらも同じようだ。
「二人は何の仕事した?」
「俺は書庫整理。書庫の奥の古い書物を別室にひたすら運んだ」
「へぇ、書庫があるんだ」
「ん、かなりでかかったぞ」
「ふうん、ナシュカは?」
「書斎の掃除」
「大変だった?」
「全然。命がけで来たことを思えば欠伸が出るわよ」
「まあ、確かにな」
「そうだね……」
こうやってゆっくりと美味しく温かいご飯を食べられるのも、その有難さが身に沁みる。お茶を啜り、息を吐いた。
「手が痛いくらいでへばってちゃバチが当たるよね! よし、頑張る!」
「へばってたの? 早すぎない?」
「ちょっとだけだよ。気合い入れ直したから、もう平気!」
その夜。仕事を無事に終え、部屋に戻る。体はくたくたに疲れ切っていたが、リュウにしっかりと伝えなければならないことがあった。
「ねえ、リュウが近くにいると目立つから、監視は別の人にしてよ」
「お前の意思は関係ない。陛下からの命令だ」
「……目立ってたら意味ないじゃん。恋人だからって、何もせず日中ずっと隣にいるって不自然でしょ」
「お前の仕事手伝ってやってんだろ」
「だから、リュウの立場でそれをやってるのが不自然じゃない」
「今は物珍しくてジロジロ見られてるけど、二、三日もすれば落ち着く」
「……そうかなあ」
心配していたが、リュウの言う通り、一週間もすると不審がるような目は収まった。
フミノの情報によると、リュウは曰く付き故、九垓が配置に持て余して、好きにさせてるとの通説が広まっているようだ。人は不思議なことがあると、自然それらしい理由を付けるのだろう。玲奈の方に特別な事情があるというのは、箝口令が敷かれて漏れていない。
おかげで、リュウと玲奈が恋人同士だということは、全く疑われることなく事実として受け入れられていた。




