106話
一階に降り、今度は枢晶宮を入ってきた側と逆方向に突き抜けた。前方は、ぐるっと三メートル程の塀で囲われている。
「この先は内郭、王族のお住まいだ。ここはお前たちは入れない」
「入れない?」
「先程、陛下の安全は心配する必要ないと説明したが、他の王族方に関しては別だ。魔術、武術の心得のない方もいれば、幼子もいる。外から人を招き入れる胡のやり方では、いくら秤にかけたからと言っても、全ての者を無防備に王族に近づけるのは危険だ」
それはそうだろうと、納得する。
「内郭と中郭の仕切りは塀が敷かれ、出入口は二箇所の幻門」
「門? 開けっ放しなんですか?」
「いや、あれは閉じている」
「えぇ?」
紅那が指さした塀の切れ目は、ぽっかりと空間が空いており、向こうの草木の姿も見えている。のに、門は閉じているとはどういうことか。
「見せた方が早いな。おい」
リュウは紅那の指示に頷いて、開かれた門へ向かい、扉の前で手を翳した。
ブゥン、と鈍い音が響いた後、リュウは門を超えた。
「えっ?」
向こう側へ体が移動すると、沓摺部を境に、リュウの体は水に溶けたかのように、消えて見えなくなった。
「ここにも魔術がかかってるのか」
「認められた者だけを通すのね。ここから見える向こうの景色は紛い物」
「そうだ。当国においても最高峰の魔力を注いでいる。そこらの術師では破れない」
玲奈が目を丸くしてる中、トキとナシュカは先に納得したようだ。突然消えたかのようなリュウは、またも突然現れた。玲奈は感心するしかない。
「内郭に行けるのは、王族と、首護隊?」
「一部の下働きの者たちも入れる。どれも高級官吏の身内で、身元がはっきりしてる」
「成程」
「内郭には、王宮のほか、後宮と厨房がある」
後宮、の響きに玲奈はぎょっとした。
(やっぱりどこの国にもあるのね)
サディの後宮があると聞いて複雑な想いをした日が蘇った。
厨房が内郭にあるというのも頷ける。王族は勿論、国を動かす官吏の口に入る物だ。信頼のおける者たちにより管理されるのは自然なことだろう。
「さあ、これで案内は終わった。早速、お前たちには今日からきびきび働いてもらおう。それぞれ、教育係を用意した。各自、従うように」
同時に、背後から三人の若者が姿を見せた。みな、十代で同じ年ごろに見える。男性の一人は、見覚えがある。リュウの幼馴染だ。昨日、食堂にいた。
「じゃあ、きみはこっちに」
彼はトキを連れて行った。見知らぬ女子二人のうち、一人はナシュカを。そして、残された玲奈に、最後の女子が話しかける。
「レナ、だったわね。何やら訳ありと聞いてるけど……」
「文埜には一部、お前の事情を説明した。私の妹だ」
「一部っていうのは」
「あなたがスラジの罪人で、迷宮に逃げこんだこと。で、それは皆には内密だってこと」
玲奈はこくりと頷き、頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「いいよ、もっと砕けて。年も変わらないし」
「そう?」
「うん、堅苦しいの苦手」
口調はクールというか、サバサバした感じだが、冷酷さは感じない。
(麻友子に似てる……)
その雰囲気は、現代の親友を思い出し、口元が柔らかく上がった。
「で、あんたも付いてくるの?」
「恋人だからな」
フミノは固まった。
「……そういう設定?」
「さて、どうだかな」
「……まあどっちでもいいわ。私の前で乳繰り合ったら、スラジに通報して突っ返すから覚えておいて」
「う、うん」
フミノはカップルに厳しいらしい。彼女の後を追いながら、リュウとこっそり話す。
「知り合い?」
「顔は見たことある気するけど、喋ったことはねえ」
「そっか」
玲奈とリュウが耳打ちする姿に、フミノは振り返ってぎっ! と目を吊り上げた。




