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3.全てはそこに

 見慣れた道を歩いていたはずだった。いつも歩いている町の帰り道。しかし、少女が視線を上げると、そこには見慣れない光景が広がっていた。


(いつの間に…)


 確かに、少女は商店街を抜けてレンガで舗装された道を歩いた。だが、もうそれはない。


 奇妙な出来事は、当然足音を立てずにやってくる。少女もその例外ではなかった。

 少女は暗闇の中で一人佇んでいたが、冷静さを失わなかった。


(まだ、日が沈んでないはずなのに、この暗さはおかしい。そもそも、ここはどこ…)


 何もない無音の世界に男の声が響いた。


「しっかりしろ」


 少女ははっとする。しかし、その声は少女に向けられたものではなかった。

「!?」


(どこ!?)


 少女はありったけの思考を導引し、声の主を探した。 


 一〇メートル先で闇の中にボワッと光が灯る。目を凝らすとその中に人影が見えた。どうやら、さっきの声はそこから聞こえたものらしい。

 それに少女は近づいた。不思議と恐怖は感じなかった。

 

 近づくと、光でぼんやりとしていた輪郭が鮮明になる。現れたのは、1組の男女。青年が死に掛けた女を抱きかかえていた。

 青年は真っ黒い軍服に身を包み、頭部に独特の形をした角を、背には蝙蝠のような漆黒の翼を生やしている。紺色に近い黒髪に紫の瞳をしており、整った容貌をしていた。青年の頬には紋章のようなものが描かれている。


(魔族!)


 瞬時に少女はそう思った。見たことはないが聞いたことくらいならある。

魔族は、美しい姿で近づき人を惑わせる。「だから近づいてはいけないよ。」誰だったかそう教えてくれたのを思い出した。


 一瞬身をすくませたが、今の少女には恐怖心よりも好奇心が勝っていた。

 青年からもう一方の女性の方に目を移す。

 腰まで伸ばしたエメラルドの髪。閉じかけの瞳は吸い込むような瑠璃色。巫女のような衣を何枚も纏っており、それでいてしなやかな肢体をそこなってない。年は18くらいだろうか。何よりも印象的なのは女から発せられる神秘的な美しさだった。神聖という言葉は、彼女のためにあるものだろう。


 魔と聖。一見不釣合いなように見えるが、彼らの組み合わせ明らかに似合っていた。

 今、女の生は失われようとしていた。


 女の指が青年の手に触れ、色を失った女の唇が弱弱しく言葉を紡いだ。


「さ…ような…ら」


 少女には彼らの一つ一つの動作がスローモーションのように感じられた。時間がまるでないような感覚。

 女の手がゆっくり、青年の頬から落ちる。

 青年が息を呑む音が少女の所まで聞こえた。

 きっと彼らは悲劇的な結末を迎えるのだろう。それでも、その光景から少女は目を離せなかった。


 女の亡骸がぐったりと青年の腕に沈む。


「シュリぃぃいいいいいいい!」


 青年は叫んでいた。女の魂が呼び戻せないのは分かっていながらも、まるで呼び戻すごとく。


(これは、幻!?)


 少女の思考は混乱した。通常はクールな彼女だが、知らない不安な場所で他人の死に様を見せられ、まともな考えが浮かばない状態だった。


「これは過去に起こった出来事。」


 少女の後ろから声がした。少女は振り向き背後の人物を見やる。


「悪魔と神々との争いの中でね。」


そう言葉を切ると、少女に向かってにっこり笑う。


「そして、ここはあなたの世界でもある―」

「あなたはさっきの…」


 少女の前には昼間に見たオレンジ服の人物が立っていた。


「また、会ったわね」


 クミンは陽気に手を振った。


「ねぇ?不思議に思ったことない?」

「どう意味こと?」


 少女はクミンをキツくにらんだ。


「どうして同じ道を歩くのか。どうして同じ人間ばかりに出合うのか。」


 そこで言葉を切り少女を見つめる。


「そして、なぜ自分の名前を思い出せないのか」

「!?」


 少女は大きく目を見開く。動揺は隠せなかった。

 普段感じていた違和感。通常なら気付くはずのことであるのに、クミンに言われるまでそのことが分からなかった。いや、分からなかったのではない、分からないように少女の中の何かがプレーキを掛けていたのだ。


…チガウ。ちがう。違う、違う!!聞イチャダメ!


 少女の中でもう一人の自分が否定した。


「訳が分からないことも、きちんと意味がある―」


 少女の周りをゆっくりと歩き、クミンはそのまま会話を続けた。その目は少女に向けたままだ。


「そろそろ気付いていいはずよ」

 クミンの右手が空を描き光の軌跡が生まれる。


「本当の真実に」

 少女の額に指が触れた瞬間、少女・アミリアは光の渦に飲み込まれた。


 目を開けると、そこは一面の白い世界だった。


(白い―。夢の続き?)


 足の感覚が戻ってくる。柔らかくざっくり沈む足がそれは何なのかを教えた。


(違う。これは―雪!?)


 銀色の輝く雪に少女は目を細めた。


 ざくっ。ざくっ。


 少女は恐る恐る歩を進めた。立ち止まっていても何も始まらない。

 ちらちらと雪が降っていたが、不思議と少女は寒さを感じなかった。


 どこまでも広がる銀世界。太陽の光を反射させキラキラと輝く。


 両端に目をやると、雪をかぶった木が生えていた。どうやら、森の近くのようだ。


 ハァ、ハァ。


 どこからか人の息遣いが聞こえてきた。


 目を細めて遠くを見ると金髪の少年が走っていた。


「早く逃げて!!」

 

 突然、女の甲高い声が聞こえてきた。

 ふと遠くにいる少年がこちら側を振り返ったような気がした。


 ガルルルゥ。


 少女の体が強張った。


 人の息遣いと混じって、人外のモノの声が聞こえる。そして、それは確実にこちら側に近づいてくる。


 危ない!本能的にそう感じたが、少女の足は動かなかった。


「アミリア、逃げろ!!」

 知らない男が少女に向かってそう叫んだ。確かにそう叫んでいた。

 

 しかし、少女の思考は固まったままだ。いや、身体も。

 なぜか、時間が長く感じだ。


 自分はこれを知っている。だけど、思イ出セナイ。


「アミリアぁ!!」


 男の横で、女が叫んだ。


 ドクン。ドクン。

 


 獣が少女に飛び掛る。

 少女はその獣をみた。確実に殺される。いや、そうなる運命なのかもしれない。


 ドクドクドクドク。


 動悸が激しく、身体全体に沸騰した血が循環する。自分の身体ではないような感じがした。


 駄目だ。そう思った。


 その時、男が少女の体を覆った。

 少女は見た。

 真っ先に見えたのは獣ではなく、少女をかばった男の血だった。


「いやぁぁあああああああああああああああああ!!」


 女が悲鳴を上げる。


 雪の上に鮮血が舞う。少女の周りには薔薇が咲いたように真紅に染められた。


(熱い…)


 血を浴びながら、少女の頬を涙が伝う。


「…パッ、パパ」


 少女の口から言葉がこぼれた。嗚咽を抑えながら、少しづつ時が流れ出す。


(私は、忘れてはいかなかった。大事な人たちに守られていたことを。そして、私のために大事な人たちをなくしてしまったことを。)

 

 いつの間にか雪景色は消え、少女は先ほどの暗闇の中にいた。


 少女は目元を流れる涙の感触を感じていた。

 

 どんなことがあっても、泣かないと決めていた。普段無表情な彼女の中でたまっていたものが一気にあふれた。


「わ、私…」

 

 少女は呟いた。


「…思い出した」


 少女の前にはクミンが無言で佇んでいた。クミンは少女が全てを言い終わるまで無言で見守っている。


「私の名前はアミリア」

(私は誰かではない。私には、ちゃんと名前がある。)


 少女・アミリアは真っ直ぐクミンを見つめた。


「白い雪の降る日に私の両親は、目の前で獣に殺された。そして、その日から私の心は止まってしまった」


「やっと思い出したのね。そう、ここはあなたの心の世界」


 クミンの手のひらを上に向けると、一枚の輝く羽が現れる。


「私はあなたの心を取り戻すために来た」


 羽の光は大きくなり、クミンの背中に白い羽が広がる。


 バサッ。


 クミンの頭の上には光の輪が浮かぶ。


「帰りましょう。本当の世界に」


 そして、天使は優しく微笑む。

 アミリアは目の前に差し出された天使の手をとった。



 アミリアが薄目を開けると、自分がイスに座っていることに気付いた。


 周りを見渡す前に、面前に立っていた青年・クリスが声を掛けた。


「アミリア?」


 アミリアは息を呑む。自然と涙腺が緩んだ。


 …自分は、知っているこの人を。いつも私を見守ってくれていた。


「お、兄ちゃん?」


 アミリアはイスから立ち上がり彼へ近づく。ガッタッとイスが揺れる。

 クリスの元へ走り出した。


「おかえり、アミリー」


 クリスは優しく妹を包み込んだ。


 その様子を見守る影が数人。


「もう、大丈夫のようね」


 クミンが微笑む。先ほどまでクミンの背中にあったはずの羽はなくなっていった。


「よかったな、クリス」

「お帰りなさい」

「とりあえず、はじめましてか?」


 クミンの横にいた少年少女達がいっせいに口を開いた。


「誰?」


 アミリアは泣きじゃくった顔を上げ、クリスに尋ねた。


「彼らは、僕の友人。後で、紹介するよ」

「もう、クリスが悪魔呼び出すっていうから、大変だったのよ」


 瑠璃色の目をした少女が答え、アミリアの頭をやさしくなぜた。


「ホント、俺達があの晩来ててよかったよな」

 騎士団の服をまとった黒髪の少年が横から口を出す。

 クリスは罰が悪そうな顔をした。


「にしても、クミン、よく精神の中なんか入れたよな」

 さきほどの黒髪の少年が尋ねる。

 

 クミンは待ってました、と目を輝かせると胸をはって語った。


「私達天使にもいろいろ階級があるんだけど、私くらいのレベルになると、人間の精神に入るのは朝飯前ってわけ。簡単に言うと精神融合ってやつ? 私の身体はそのままで、精神だけがアミリアちゃんの中に入るわけだから、みんなにはあんまし分かんなかったとは思うけど。まぁ、今回はサキュウバス女の先を越せて私としてはせいせいしてるんだけどね…ふぅふふふふふ」


 最後は天使らしからぬ邪悪な笑みを浮かべていたが、当たり前のように少年達はそれを無視した。


「アミリア、お前は両親を殺されたショックで何年も心を閉ざしていた。人間は誰しも心に傷を持っている。傷を克服するのは並みではない。だが、その様子だと、もう大丈夫なようだな」


 女のように整った顔をした剣士風の少年がアミリアを見ていた。口調は淡々としているものの、その中に温かさが感じられた。


 クリスは話したいことが山ほどあったが、黙って皆の説明を聞いていた。


「私はこれでおさらばしますか。人間に力を貸すのは今回だけよ。それから、兄・クリス」


 クミンはクリスを見やる。

「神に仕える牧師たるものが悪魔に魂を…なんていわないこと!」

「はい」

 クリスは元気良く答えた。


「あ、リファ様」

 クミンはくるっと体を回転させると瑠璃色の目をした少女に声を掛ける。


「今度、グラン様の写真くださいねぇ」

「え?あ、うん。今度にぃ様に言っとく」


 リファと呼ばれた少女は苦笑いでそれに答えた。 


「おいおい、お前、ここに来てそれかよ!?」

 黒髪の少年が思わずつっこんだ。


「私のグラン様への愛をここで語りたいところだけど、時間ないから今日は帰るわ。」

 

 クミンは陽気な口調で別れを言い、羽を羽ばたかせると空間に解けていった。残像が消えると同時に、アミリアは我に返った。


「お兄ちゃん、クミンって何者?…」

「彼女は―天使だよ。本物のね」

「騒がしい奴だけどな」


 クリスの横で黒髪の少年が身を乗り出しにぃっと笑った。


「さてと、クリスちゃん?そろそろ、麗しの姫君に俺達を紹介してくれないのかな?」


 黒髪の少年は言い終わると、クリスの肩にがしっと腕を乗せた。

 思わずうっと、クリスは声を出す。


 温かい。アミリアは思った。自分の精神の中で過ごす毎日は退屈で、孤独だった。名前を呼んでくれる者はいなかった。だけど、ここは違う。兄の仲間達がいる。そして、自分を心から受け入れてくれる。


 アミリアは涙が溢れるのを押さえ、ぐっと唇を噛んだ。


「アミリー、泣きたいときは泣いてもいいんだよ。」


 顔を上げると、リファが後ろから抱きしめていた。




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