第六話 大神殿にて
騎士に連れられてやってきたのは、スキール伯爵領の神殿——ではなく、王立学院からほど近くにある、王都の大神殿だった。
なぜかリアムも一緒にいる。
ここの大神殿にも聖遺物があるが、ここは王族お抱えの聖女や聖人がそれを扱っているはずだ。
どうして私なんかが連れてこられたのかと首を捻っていると、神殿の奥の部屋から白い髭の老人が現れた。
老人は裾の長い白の法衣を着て、手には聖典を抱えている。
「聖ニクラス様がいらっしゃいました」
騎士たちは跪き、首を垂れる。
周りにいる神官であろう人たちも、同じように跪いた。
私も作法はよく分からないが、彼らと同じように跪く。
「アルマ嬢、よく来てくれた」
聖ニクラスは少ししゃがれた声で言った。
「君も外の異常気象に気付いただろう? 本来であれば、王都は大神殿の聖遺物による結界で、あんな異常気象に見舞われることはない。けれど……」
すると聖ニクラスは言葉を切り、急に咳き込んだ。
横にいた騎士が心配そうに腕を伸ばす。
「けれど、御覧のとおり、私はもう聖魔法を扱えるほどの体力が無くなってしまった。いま王都に、他に聖人や聖女はおらぬ。聖魔法の適性がある人間も、私とアルマ嬢だけだ。君が聖魔法に適正があるのは、王立学院に問い合わせて調べた」
聖ニクラスは苦しそうに肩で息をしながら話を続ける。
何か病気を患っているのかもしれない。
顔色も悪い。
「本来であれば未成年である君に、聖遺物を扱えるか試してもらうというのは道理に反するのだが、事態は一刻を争う。ここは是非力をかしてもらえないだろうか」
私が未成年であることが何だというのか。
よく分からないけれど、私は快諾した。
「もちろんです。先月まではスキール伯爵領の神殿で聖遺物を扱っておりました。大神殿のものとは勝手が違うかもしれませんが、少しはお力になれるかと——」
「ちょっと待ちなさい。スキール伯爵領の神殿?」
聖ニクラスが怪訝な顔をする。
周りにいた騎士や神官たちもざわつく。
「アルマ嬢、君はスキール伯爵領の神殿で聖遺物を扱ったことがあるというのかね?」
「はい。幼いころからずっと、定期的に通っております。先月までは、毎週末に片道2時間をかけてスキール伯爵領まで通っておりまして」
ここで、周りが一層ざわざわしはじめた。
ん? 私なんかまずいこと言った?
「なんということだ!」
天井の高い大神殿に、聖ニクラスの大声が響く。
それと同時に、周囲から私にたいして哀れみの目が向けられていることに気付いた。
「未成年を神殿で働かせるとはどういうことだ! 国の決まりで、聖人も聖女も、王立学院を卒業しているか、卒業と同等の月齢を経過した者しかなれないということになっておる! それなのに、アルマ嬢は学生であるにも関わらず聖遺物で結界を張らされていたというのか⁉ あんなに体に負担がかかることを⁉」
「あるまじきことです」
横にいた神官の一人が、そう言って首を横に振った。
周りの大人たちの顔をみても、皆怒りか哀れみの表情を浮かべている。
「え、そうなんですか? リアムは……知ってた?」
リアムは私の顔を見て、ふるふると首を横に振った。
どういうことだろう。
「そちらのリアムという青年は……スキール伯爵令息か? 君の父上は何も言っておらんかったのか?」
リアムは少し思案したあと、思い当たるフシがあったようで、ハッと口元を押さえていた。
聖ニクラスは深い溜息をついた。
「子供たちをいいように使う大人たちには、それ相応の罰が必要だな。騎士たちよ」
聖ニクラスが振り返ると、騎士たちはざっと立ち上がった。
「今すぐスキール伯爵領に向かい、伯爵夫妻に事情を聞きなさい。それから、伯爵領に大量発生しているという魔獣の討伐も併せて行ってくるように」
「は!」
威勢のいい声をあげ、騎士たちが神殿から出て行く。
「さて、アルマ嬢。詳しい話はあとでゆっくりしよう。その前に、君の力を貸して欲しい。王都を脅かそうとする異常気象——すなわち瘴気を払う手伝いをしてくれるかな?」
「もちろんです」
私は聖ニクラスに続いて、神殿の奥の部屋へと入る。
質素ながらも荘厳さを感じさせる室内。
その奥に、スキール伯爵領の神殿にあるものとよく似た聖遺物が置かれていた。
金色の皿のような、円状の金属。
その淵には古代原語のまじないの言葉が彫り込まれており、中央には虹色に輝く半球が静かに光を放っている。
「さて、これを動かすには長い呪文を唱えればならぬのだが……」
聖ニクラスは申し訳なさそうに分厚い聖典を私に見せた。
「これは……スキール伯爵領にあった聖典と同じものですね。この呪文なら暗記しております」
私がそう答えると、聖ニクラスは目を丸くした。
「それほどまでに優秀だったとは! ははは、アルマ嬢はまるで救世主のようだね」
私は聖ニクラスや神官に見守られながら聖遺物の半球に手をかざし、幼いころから繰り返し唱え続けた呪文を口にする。
指先から熱い糸のようなものが、半球に吸い込まれていくのがわかる。
大丈夫、私はこれを上手く扱える。
1時間ほど聖遺物と向き合っていると、どんどん体が熱くなってきた。
着ていたカーディガンをやや乱暴に脱ぎ捨てると、それを拾った聖ニクラスがにっこりと笑った。
「雪が止んだようだ。君の結界が、王都の人々を温かく包んでいるのがよく分かる。君はよく頑張った」




