第五話 結界が作動しない?
婚約者を失い、学校での人望もなく、実家の後ろ盾もほとんど失ったも同然になった。
それからというもの、私はずっと王立学院の寮に引きこもるようにして生活した。
学校と寮だけを往復する生活。
人との会話も最小限だ。
卒業後に家に帰れないとなると、もう実家の後ろ盾は使えないと思ったほうがいい。
仕事をするにしても、卒業したばかりの私に何ができるだろうか?
もっと位の高い貴族の家の使用人にでもなるか?
いや、あれは実家とは別に保証人からの推薦もいるな。今の私には厳しい。
王立図書館、役所、どこでもいいから私を雇ってくれないだろうか。
悶々と考え込んでいるうちに、ふと肩のあたりに寒さを感じた。
寮の部屋から窓の外を見ると、空は分厚い雲に覆われ、雪がしんしんと降っている。
そうか、もう冬か……ん? 冬?
先月まで夏だったのに、冬ってなに?
私はクローゼットの中からカーディガンを引っ張り出すと、急いで外に飛び出した。
屋外へ出て、そのまま街の中心地へと向かう。
するとそこは私のように季節外れの雪を怪訝な顔で見る人で溢れていた。
私は近くにいた初老の女性に尋ねてみた。
「この気候、一体どうしたんでしょうか?」
私が学校と寮にひきこもっていたこのひと月の間に何かあったのだろうか。
「それがさ、先月あたりからスキール伯爵領のあたりが異常気象に見舞われているだろ? それがこっちの方にも広がってきたって話なんだよ」
スキール伯爵領から⁉
ということは、これは魔獣由来か……。
もしかすると、聖遺物の結界が機能しなくなって、季節外れのスノーゴーレムでも発生したのだろうか?
「スキール伯爵領は、なぜか急に収穫間近だった作物が枯れだしたり、川が干上がったりしたらしい。変だよねぇ。聖女が聖遺物の結界を張ってるっていうのに。それとも聖女は病気で仕事ができなくなってしまったんだろうかねぇ」
初老の女性は首を傾げた。
この人たちは私が聖女と呼ばれていたことも、スキール伯爵領の神殿に出入りする自称聖女が交代したことも知らないのだ。
私はどうするべきか。
結界を張り直してあげたほうがいいかな?
今から2時間かけてスキール伯爵領の神殿まで行く?
……頼まれてもないのに?
そんな自問自答を心の中で繰り返していると、急に怒気を含んだ声が私の名を呼んだ。
「こんなところに居たのか、アルマ・サートマン!」
顔をあげると、そこには怒りで顔を赤く染めたリアムが立っていた。
彼は夏らしい半そでのシャツから、鳥肌がたちまくった腕を出している。
「貴様のせいで、スキール伯爵領はめちゃくちゃだ!」
「なんの話? 聖遺物の結界のことだったらエミ―リエ様が引き継いだんじゃないの?」
「その結界がうまく作動しないのだ! 貴様が変な細工をしたのだろう⁉」
「そんなことする訳ないじゃない! いえ、正しくはそんなことをする暇もないくらい、リアムが急に婚約解消を言い出したんじゃないの! 私はあれから一度もスキール伯爵領には行ってないのよ⁉」
「だったらどうしてエミ―リエは聖遺物を使っても結界が張れないのだ⁉」
だから、聖魔法の適性がないからじゃないの……。
私は思わず頭を抱えたくなった。
エミ―リエは植物魔法は使えるが、それと聖魔法は全く別物だ。
薬草が上手に育てられるからといって、聖魔法が使える訳じゃない。
エミ―リエは聖女に立候補するのではなく、薬草農場の管理人でもした方が良かったのよ。
しかし、ここでそんなことを言っても、激昂しているリアムは納得しないだろう。
その時背後から、リアムとは別の男の低い声が私の名を呼んだ。
振り返ると、そこには騎士団の鎧に身を包んだ男が、少し焦りを含んだ顔で馬にまたがっている。
「アルマ・サートマン伯爵令嬢ですね?」
「ええ、そうですが……」
「王立学院にお迎えにあがったのですが、いらっしゃらなかったので。ずいぶん探しましたよ」
そう言うと、男は空に向かって赤い煙を打ち上げた。
ここに何かがあると知らせる時に、騎士団や狩人が使う煙弾だ。
「間もなく馬車が来るので、それに乗って大至急移動してください。本来であれば未成年であるあなたにこんなことを頼むのは気が引けるのですが……」
「一体何がどうなってるんです?」
「あなたに大神殿の聖遺物を動かしてもらいたいのです」




